25.表と裏 「平子隊長はいらっしゃいますか!」 あれからすぐに乱菊さんと別れ、五番隊の隊舎に向かった。考える間もなく五番隊隊舎の前に着いてしまった。慌てた様子の私に門の前に立つ隊士が目を丸くする。 「すぐに、お伝えしたいことがあって」 「では入門表に…」 「すみません、“砕蜂隊長からの言伝”と書いておいてください!」 そう言い捨てると勝手に門を潜り、後ろを振り返らずに隊首室まで走った。廊下を他隊の隊士が猛ダッシュしているのだから目立つのは分かっていたが、私は脇目も振らず駆け抜けた。一秒でも早く。早く。 「春原さん!?」 声をかけてきたのは雛森副隊長だった。とても驚いた表情でこちらを見ている。足を止め、彼女に向き合う。 「あの!平子隊長は!?」 「え、っと、隊首室にいるけど…」 「ありがとうございます!」 ガバッとお辞儀をすると雛森副隊長を残し、また走り出す。後ろからなにか聞こえる気もするけれどもうどうでもいい。私はあの人に会いたい。顔が見たい。それだけなの。 直ぐに到着した隊首室の前で立ち止まり、息を整える。何を伝えるかなんて全然考えてない。でも今は、何より彼に会いたい。コンコンコン、と扉を少し強めにノックした。 「どうぞー」 ドア越しに少しくぐもった、気の抜けた彼の声に涙が出そうになる。私は遠慮なくドアを開け、そのまま彼の元へと足を進めた。執務机の向こうで彼は少し驚いていた。 彼の顔が見れたことで満足してしまった私はまだ少し荒い息を整えるので精一杯で、私が何も言わず立っているのを見て、彼は口を開いた。 「なんや……、どないしてん」 「好きです」 他に言葉なんて浮かばなかった。彼は私の突然の告白に面食らったのか、握っていた判子を落とした。 「私は、平子隊長のことがす、」 「ま、待て待て待て」 彼は椅子から立ち上がり、転がった判子を掴み、朱肉の隣に置いた。そういうところ、性格が出ているな、と思う。 「……とりあえず落ち着いて話してみィ」 彼の、いつも通りの声に少し安心して、さっきまで張っていた緊張の意図が弛んでしまった。 「……あの、わたし…その、」 うまく言葉がまとまらない。先に続く言葉を躊躇うような私に、彼の優しい声が届いた。 「さっきまでの勢いはどないしたんや、ほら、ゆっくりでええから」 彼のその言葉に、私が思っていること、思っていたことを全て話そう。そう思った。 「……平子隊長は今、雛森副隊長とお付き合いをされていると思っていて、」 私はその後の言葉を紡ぐことができなかった。目をまん丸にして少し怒った顔の彼が目の前にいたからだ。 「はァ!?なにをどうしたらそんな勘違いすんねん!」 「だって……この前キスしてるように見えて……ご、ごめんなさい……」 大きくため息をつく平子隊長は、そのまま私の話を聞いてくれるようで、黙っていた。 「その、私が平子隊長に近づこうとしたきっかけは任務でしたし、……私は仕事柄、感情のコントロールが他の人より得意だとは、思います。相手の考えていることも……ある程度分かってしまいます。だから、平子隊長に知られてしまったあとも冷静な振りをしていたんです、けど、」 「……おう」 「…でもっ、私…、本当は………っ」 カタン、と体が前に振れる。机越しに抱き寄せられた肩が熱い。彼の肩に私の顔が埋まった。懐かしい首元。懐かしい、匂い。 「そないに泣いた顔で霊圧ガタガタいわれたら、流石に嘘かどうかくらいわかるわ」 彼の優しい声に、その言葉に、涙が止まらない。目元が湿っぽく温かくなり、どんどん羽織に涙が吸われていくのがわかる。 「戻ってきてくれて、ありがとうな」 彼は、こんな私でも好きでいてくれた。その事実が私の心臓を優しく締め付ける。声を抑えられず泣き続ける私に、呆れたようにもう泣かんでええって、という声が届く。その声に顔を上げれば、彼はこちらを見つめていた。 「わ、私、もう平子隊長に嫌われたって思って、逃げてしまって……」 「嫌ってたらとっくに別れとるやろ」 ま、お前は別れたもんやと思ってたかも知れへんけどな、という言葉に、彼がどんなに傷ついた上で私に接してくれていたかがわかった。 「本当に、ごめんなさい……!」 「もうええって」 「でもっ、」 「俺なァ、お前のこと相当好きみたいやねん」 私は彼の言葉にまた泣くことしか出来ず、それを見た彼は苦笑している。そして私の頭にそっと手を乗せた。 「せやからこれからは本当の“栞”を俺に見せてくれへんか」 「え…?」 「なーんも作り込んどらん、そのままのお前も好きになりたいねん」 何も作り込まれていない私。そんな私を彼は好きになってくれるのだろうか。 「何をそんなに不安そうな顔してんねん」 「……そんな私を、平子隊長が…好きになってくれるかなんて分からないじゃないですか」 本当の私を彼が受けいれてくれる保証なんてどこにもないのだ。すると、急に頭にチョップが落ちてきた。 「痛っ」 「何言うてんねん。そんなん全部ひっくるめて、」 彼はそう言いながら私の頬にそっと触れた。 「どっちのお前も愛したるわ」 私は涙で滲む視界と唇の温かさを感じながら目を閉じた。 表と裏 どちらも、わたし ×
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