22.彼の隣は





「春原さーん!」

耳につく可愛らしい声に振り返ると、少し離れたところに雛森副隊長が立っていた。なぜ呼び止められたのか分からなかったが、向こうは副隊長だ。私は笑顔を貼り付け、彼女の元に足を向ける。石畳がさっきより冷たく思えた。

「雛森副隊長、お疲れ様です」
「呼び止めてごめんね。この間のお礼をしたくて」
「お礼…?」
「ほら、この間菓子折を五番隊の隊士に預けてくれたでしょう?」

そう言って微笑む彼女は、本当にいい人なんだと思う。私より年下なのに、副隊長を任せられている人なのだ。私とは器量が、いや、何もかもが違う。

「いえ、あれは平子隊長へのお礼の品なのでお礼なんてそんな…」

先日、結局私は菓子折を直接彼に渡すことは出来ず、門番をしていた隊士に急用が出来たからと渡すように頼んだのだ。

「現世任務のお礼…なんだよね?隊長があんまり教えてくれなくて」

少ししゅん、としたその顔も小動物みたいで愛くるしい。でも今はその愛くるしさが、妬ましい。

「はい、ちょっと、助けていただいたので」
「五番隊のみんなで食べたよ!ありがとう」
「いえ、喜んでいただけて何よりです」
「でも栞ちゃん、隊首室の方まで来たんでしょう?遠慮せず入ってくれば良かったのに」

その瞬間、あの光景が目に浮かび、彼女の頬を見てしまった。彼が躊躇いもせずに触れていた頬。彼は、この人が好きなのだろう。こんなに献身的に尽くしてくれる女の人はなかなかいない。器量良しで可愛くて実力もあって人望もある。彼が好きになるのも無理はない。
彼は、彼女をどんな顔で抱くのだろう。
そう思った瞬間、頭から足の先まで体が冷えていくのがわかった。


「春原さん?どうかした?」
「…いえ、あの時はお忙しそうに見えたので隊士の方に預けてしまいました」

それにわたしも業務中でしたし、と付け加える。変なことを考えてしまったせいで返事が遅れてしまった。
ところでよくよく考えれば、平子隊長と交際しているであろう彼女は、私と彼が別れたことを唯一知っている人なのではないだろうか。彼は、世間的には私と付き合っている振りをしていて隠れて彼女と付き合っているのだから。それにしても彼女は私のことを恋人の元カノだと知っていてここまで話しかけてくるのだから、本当にいい性格をしている。そう心の中で皮肉っても余計に気持ちが濁るだけだった。

「そういえば隊長がね、」

嬉しそうになにか言いかけた彼女に口を挟んだ。

「雛森副隊長、申し訳ありませんが一番隊に急ぎの書類を運んでいる途中でして」

そう言って右手に抱えていた封筒を少し持ち上げて見せる。別に急ぎではないけれど、直ぐに幸せそうな彼女から離れたかった。

「引き止めちゃってごめんね」
「こちらこそ申し訳ありません」
「じゃあまた今度ね。また近い内に乱菊さんの飲み会で会えるよね」

またお話ししよう、そう言って手を振る彼女に私は微笑みかけた。


彼の隣は
もう私の居場所じゃない
 
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