21.因果応報




彼に会いに行く。

でもそれは、先日のお礼のためだ。砕蜂隊長にも念を押された。“菓子折でも持っていけ、借りを作るな”と。菓子折でチャラになるとは思えないが、私の右手には大きな箱が入った紙袋がぶら下がっている。
菓子折の購入を済ませ、重たい足取りで五番隊隊舎まで歩く。石畳を蹴る足が重い。永遠に辿り着かないと思うほどだったが、あっという間に五番隊舎が見えてきた。門の前に着いた。体に力が入り中々一歩が踏み出せない。入りたくない、でも入らなくては。門の前でウロウロしてしまったせいか、門番をしていた隊員が声をかけてきた。

「どうかされましたか?」
「えっと、すみません。二番隊十二席の春原ですが、五番隊隊長にお会いしたくて」
「どういったご要件で?」

それはそうだろう、自隊の隊長に他隊の十二席が会いに来たのだ。しかし、私たちが交際をしている事実は周知されている。きっとこの隊士も、私たちがまだ交際中だと思っているはずだ。

「先日、現世で助けていただきまして。そのお礼に」
「任務中のことでしたらそれがお互いの仕事です。お気になさらずとも…」

彼の言うことは真っ当だ。でもそれは任務中の話。私が助けて貰ったのは完全にプライベートの話だ。

「いえ、任務外でお手を煩わせてしまったので…」

申し訳ないという顔をする。これで大抵の男性隊士は通してくれるだろう。

「承知しました。では入門表に記入を」
「ありがとうございます」

五番隊隊舎に入れてもらい、隊首室を目指す。隊舎の構造は隊によって若干異なるが基本は同じなので迷うことは無い。よく掃除された綺麗な床だ。下ばかり見てはダメだと視線を上げる。視線の先に隊首室の窓が見えた。平子隊長の頭が少しだけ見える。なにか書き物をしているのだろう。思わず立ち止まってしまった。上下する頭に目を奪われていると、雛森副隊長が見えた。相変わらず可愛らしい顔をしている。机の横に立っているのだろう、距離がとても近い。すると、彼が立ちあがり雛森副隊長が見えなくなった。ドキ、と心臓が跳ねる。目を離したいのに体が動かない。平子隊長が少し屈んだかと思うと、雛森副隊長に手を伸ばし彼女の頬に触れたのが見えた。

私の中で、何かがこぼれ落ちるのが分かった。

私は踵を返し、隊舎を出た。そして門に向かって歩き出す。なんだ、新しい恋人がいるじゃないか。そもそも私が勝手に“新しい”と思っていただけで、一年近く交際していてもおかしくはない。元々仲良かったし。そもそも私は何を期待していたのだろう。何を。
しかし、何故彼があの時私に思わせぶりな態度を取ったのかは未だにわからない。先程のシーンが頭に浮かび、自分の心臓を手で抑える。嫌なリズムで心臓が鳴る。

今まで彼の手が触れていたのは私だったのに。

そう思ったところで思わず口角が上がった。私たちは一年前に最悪の形で終わったのだ。知らなかった自分の嫉妬心や執着心を他人事のように感心しながらも、胸の痛みは消えなかった。

彼は、私を捨てた。
でも彼を騙したのは、私。
彼を責める権利は、私には無い。


因果応報
報いは受けなければならない
 
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