20.憎んですらくれない





現世では高い建物が多かったためか広い空が少しだけ懐かしい。私は無事現世任務から戻り砕蜂隊長への報告を済ませ、瀞霊廷内を歩いていた。

「栞!」

その声に振り返ると、乱菊さんが大きく手を振っている。私は立ち止まり、こちらに駆けてくる乱菊さんに頭を下げた。

「ご無沙汰してます、乱菊さん」
「ほんとに!アンタ現世任務中全然こっちに帰ってこないんだもの!」
「すみません、向こうは向こうで居心地良くて…」

そう言って微笑むと、乱菊さんが呆れたように溜め息をついた。

「もう、埋め合わせで飲み会付き合ってもらうからね!」
「はい、勿論です!お供しますよ」

私の返事を聞いて満足そうに頷いた乱菊さんだが、内緒話でもするように私の耳元に口を寄せてきた。

「でもアンタ、愛しのダーリンを一年間も待たせてるんだからなにかサービスしてあげなさいよ」

ニヤニヤと口元に手を添え笑う乱菊さんに私はきょとんとしてしまった。乱菊さんが言っていることの意味が掴めない。一年も、待たせている?

「乱菊さん…あの、サービスって?」

当たり障りのない会話をして詳細を聞き出すしかない。きっと乱菊さんの言う“ダーリン”は、彼のことなのだろう。あの噂好きの乱菊さんが私たちがまだ交際中だと思っているとは、何かの間違いじゃないのだろうか。

「だってさ、アンタが現世任務に配属になってから平子隊長と飲む度に栞とはどうなんですかー?って聞いてたんだけど、はぐらかされることが多くって。でも毎回『アイツは俺には勿体ないくらいエエ女やから、待つくらいがちょうどええんや』とか惚気られちゃうんだもの。アンタ本当にどんだけ愛されてるのよ」

本当に何かの間違いだと思った。彼は、この一年私と付き合っている体で過ごしていたということなのだろうか。よくよく思い返してみれば、きちんと言葉で別離を言われたわけではない。でも普通に考えれば、あの関係はもう終わったものなのだ。だって、あれは私の“任務”だったのだから。

「そんなこと、言ってたんですか」
「そうよ。一年ぶりでしょう?夜、頑張ってあげなさいよ」

乱菊さんは更にニヤニヤと笑い、私をからかうのが楽しいと顔に出ている。

「もう!乱菊さん!」
「あはは!じゃあアンタが落ち着いたら飲みに行きましょ!本当はもっと話してたいけど私隊長におつかい頼まれてて」

そう言って一枚の書類をつまみピラピラと扇ぐその仕草はそれだけで色気が漂う。

「はい、また誘ってください」
「じゃあね!」

乱菊さんに手を振りながら、私は混乱していた。彼はこの一年、私との交際が続いているかのように振舞っていた。私は彼から逃げたのに。

憎んですらくれない
貴方は何を考えているの
 
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