18.救ってくれたのは




「何しとんねん」

独特な関西弁だ。その声とほぼ同時にゴキ、という嫌な音がした。人の体からしては行けない音だ。そしてその瞬間、自分の上から男が消える。私はなんとか上半身だけ起こし、目をこらした。そこには吹っ飛ばされて壁に激突した男と、彼がいた。男は壁に激突した衝撃で気を失っているらしい。上等なスーツが地面に摺れて汚れている。私はとりあえず無事なのだろう。
体中の痛みとだるさを感じながら、目の前にいる彼は誰なのか考える。路地裏独特のカビ臭い湿った匂いがする。これは現実だ。でも、彼がここにいるはずはないのだ。
ここは現世で、今は“訓練”中で、今いる場所はホテル街で。
でも、白い羽織が目の前で揺れる。私が見てきたあの背中が見える。
痛みに耐えながら立ち上がろうと地面に肘をつき膝を立てようと力を込めると、肩にそっと彼の手が触れた。触れられているのは分かるのに、体が麻痺しているせいで熱を感じない。

「起き上がらんでええ。そのまま横になっとき」

そう言って私の背中と膝の裏に手を伸ばし、持ち上げた。その瞬間、彼の匂いを強く感じた。
許されるのなら、彼の胸に顔を押し付けて縋りたい。彼の前で大声を上げて泣きたい。
しかし私は彼の顔をぼんやりと見つめることしか出来ず、安心したからなのか痛みからなのかは分からないが、そのまま意識を手放す。

「ほんまに、なんちゅー奴やねん」

消えゆく意識の中で、何か聞こえた気がした。
















目を覚ますと、そこは現世の四番隊の救護所だった。よく知っている場所だが、しばらくこのベッドの世話になったことはなかった。
少し体を動かすと気だるさを感じた。左に目を向けると隣のベッドには私の義骸が横たわっている。あまり頭が働かない。どうして私はここに、とぼーっとしていると、反対側から声をかけられた。

「おはようさん」

その声に、彼と過ごした朝が頭の中に蘇る。押し寄せる波のようなその記憶に、鼻の奥がツンとした。彼と過ごした朝の香りまで思い出す。声の方に目を向けると、平子隊長が隣のベッドに座っていた。

「まだ体は痛むか?」
「平子、隊長…」
「あー、無理に喋らんでええ。まだ寝とき」

掠れたような私の声を聞いて彼はそう言った。窓からの光のせいで彼の顔はよく見えない。夢の中にいるみたいで、これが現実なのかさえ疑わしかった。
私は路地裏で襲われて、彼に助けられたはずだけれど、でもそれは私の願望が作り出した幻なのかもしれない。だってここは現世で、私は彼と既に“終わって”いて、嫌われるどころか恨まれていてもおかしくないことをしたのに。

そう思った時、彼が口を開いた。

「いつも見ててん、お前のこと」


救ってくれたのは
やっぱり彼で
 
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