14.私にできること



「自ら現世任務を志願したって?何どうしたの、何があったわけ?」

乱菊さんが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。注文した餡蜜にスプーンを入れれば、寒天に黒蜜が絡んでいく。目の前の乱菊さんは、みたらし団子を注文していた。琥珀色に光るお団子は食欲をそそる。どうやら出来たてのようで、醤油の匂いが漂ってくる。私もお団子にすればよかったかな、と思ったところで餡蜜はお団子に変わらない。掬った寒天に視線を向けながら乱菊さんの言葉に耳を傾けた。
まず、どうして私は甘味屋にいるのだろう。それは目の前の乱菊さんに無理矢理連れてこられたからで。今日付で張り出された人事通告の掲示を見たのだろう。私は“あの任務”が終わってすぐ、隊長に異動願いを出した。と言っても隊内の異動だ。尸魂界から現世に働く場所が変わるだけ。珍しい時期の人事異動に私の名前があり、不思議に思ったのか調べたらしい。副隊長にもなると他隊の人事資料も見れるのか、と思いながら餡蜜をつつく手はとめない。


「何も無いですよ。ただ、私まだ十二席ですし、ちょっと昇格のために有利な経験を積みたくて」

と言うのは建前だが、諜報の経験を積むために隊長に願い出たのは事実だ。でも一番の理由は、彼と出くわしてしまうこの世界に居たくなかった。

「アンタ、プライベートが順調なのに何も今のこの時期にそんなことしなくたって…あ!なんだそういう事ね!」

考えられない、という顔をしたあとにニヤリと効果音がつきそうな顔に変わった。この人らしい。

「なんの話ですか〜、勝手に自己完結しないでくださいよ」
「アレでしょ、平子隊長なら絶対に浮気しないって自信があるんでしょう!そんなにラブラブなんて憎たらしいわね〜」
「あはは」

乱菊さんの言葉に内心顔が引き攣る。周りの人達には私からは何も言っていない。それが一番の良策だ。下手に「別れました」なんて言ったら根掘り葉掘り聞かれるだけだ。しかし、情報通の乱菊さんがまだ知らないという事は、彼は公表していないという事だ。私と別れたという事実を。どのタイミングで彼が言うかなんて、私にはわからないけれど婚約指輪まで用意した相手に裏切られたのだから、落ち込んでいるか、もしくは激怒しているかだろう。他人事のように思いながら、乱菊さんの話を聞き流す。
取り敢えず今は、彼の発言と私の発言に食い違いがあってはいけない。彼が公表した時か、もしくは彼に新しい恋人が出来た時にうまくかわせることさえできれば問題ない。
そう、私の感情など問題ないのだ。


にできること
私はプロなんだから
そのくらいちゃんとできる
 
×