13.痛い




感情は押し込めたはずだった。全部全部、心の奥底に押し込めたはず。なのに、生活の至る所でそれぞれが顔を出す。自分で自分をコントロールできない。それを思い出すのが当たり前かのように私の生活に馴染んでしまったというのか。

「問題ない、はず」

そう。私の任務は失敗したけれど、隊長からお咎めはなかった。問題は、ない。
なのにどうして。

こんなにも彼のことを思い出してしまうのだろう。

仕事とは言え、騙していた私が悪い。しかし、私は二番隊に所属する諜報員。このくらいのこと、今までだって沢山してきた。そう、沢山。
だから、罪悪感なんて本来抱くはずがないのだ。護廷十三隊のため、瀞霊廷のため、尸魂界のため、現世のため。私の生きる、この世界のために。その為のちょっとした犠牲。許されるべき犠牲なのだ。それは分かっている。頭では理解している。なのに。
あの時の彼の顔が頭から離れない。至る所で彼との時間が巻き戻ってきたみたいに思い出してしまう。繁華街を歩けば、彼と入った店に目がいく。二番隊隊舎を歩いていれば、彼がこっそり二番隊に忍び込んだ時に備品庫で逢瀬をしたことを思い出す。彼を通じて知り合った人を見かければ、嬉しそうに私を紹介していた彼の顔を思い出す。私にとって、彼は“対象”でしかない。それ以外であってはいけないのだ。彼との時間は楽しかった。彼は私を疑うこともなく好意を持ってくれた。百年現世での生活を余儀なくされたとは言え、彼には選択肢が沢山あったはずだ。現世に残っている人も少なくないと聞く。でも彼は、元の場所に戻ることを選び、新たな生活の中で私と過ごす時を大切にしてくれた。それが純粋に嬉しかった。

「ひ、らこ隊長…」

思わず口から出た彼の名前に、自分でも驚いた。もう二度と呼ばない名前になるかもしれない。彼は私の顔なんてもう見たくないだろう。


私は、彼を。

この気持ちは罪悪感から来るものなのか、それとも。乱菊さんの話を聞いた時、“やばい”と思ったと同時に嬉しかったのだ。こんな私でも好きになってくれる人がいる。一生共にしようとしてくれる人がいる。とても嬉しかった。でも。
彼が好きなのは、私が“作り上げた私”でしかない。彼の好意はそれに向いたものであって、“私”に向いたものではない。それは十分理解していたつもりだったのに。

どうして私は涙を流しているのだろう。



心臓って
こんなにも痛くなるものなのか
 
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