10.知られた虚構


まだ半年だ。
まだ、たったの半年。そんなはずはない。

乱菊さんの話を聞いてからずっとその事を考えていた。それ以来、彼には会っていない。会っていないとは言っても、元々毎日会っていたわけではないし、タイミングが合わなかっただけで。
私が話を聞いてから一週間が経った。次に会った時にプロポーズされてしまったら、私は何を言い訳に断ればいいのだろう。変に関係を伸ばすのも良くない。乱菊さんの勘違いの可能性もある。
でも、起こりうる全ての可能性に対処できるようにしなくては。それも、自然に。相手になんの違和感も与えず。

何にせよプロポーズだけは阻止しなければ。
彼と結婚は、出来ない。この任務はそこまで重要度が高くはないし、砕蜂隊長もそこまで求めないだろう。
念の為、砕蜂隊長に意見をもらおうと仕事用の伝令神機に手を伸ばした。直接話したかったが、砕蜂隊長は別の仕事でお忙しい為、今あまり迷惑をかけたくはない。直接会うのはリスクが上がる。仕事とはいえ、隠密の中の隠密なのだ。
伝令神機を持ち、隊舎を出た。少しうるさいくらいが丁度いい、そう思って繁華街の裏路地に入った。伝令神機をかけ、一コール半鳴らし電話を切った。これで、砕蜂隊長から折り返しかかってくるはず。
……鳴った。

「こちらコードネーム“マリア”。応答願います」

なるべく小さな声で喋り、砕蜂隊長の返事を待つ。すぐに返ってきた声に要件だけ伝える。

「はい、相談したいことが。はい。実は対象の動きが想定から外れそうでして。…はい、半年経ちましたし、もう十分かと。報告書は大体出来上がっております。本当はもう少し時間をかけたかったのですが…、はい、深追いは良くないかと。はい、承知しました。ではこちらで“時”を見計らい、撤収します。はい、以上です」

伝令神機を切り、ふう、と溜息を吐いた。報告している最中も、彼の顔が頭をよぎらなかったわけじゃない。彼はとてもいい人だった。とても純粋に、真摯に私を大切にしてくれた。彼の温もりは、本物だった。私への愛も、本物。私は偽りの関係しか彼に与えられなかったけれど。
でも、これで終わり。次に会った時に別れを告げよう。そう思った瞬間、背後で何かが動いた。どくり、と自分の血が巡る音が聞こえる。繁華街にいるのに、そのくらい静かに感じた。
私が振り返ったのと、“彼”が口を開いたのは同時だった。

「…“マリア”?対象、ってなんやねん」

それは聞いたこともないくらい低い声で。その地を這うような声に、私は咄嗟に反応出来なかった。
彼は、見たこともない表情で私を見ていた。その目はいろんな感情を称えていて、でもその主たるものは分かる。“怒り”と“疑い”。その色濃く濁った瞳を私に向けるなんて、彼は想像していたのであろうか。

知られてしまった。

絶対に知られてはいけない人に。
心臓が驚くほどどくどくと動く。心臓の周りが熱くなり、頬と手先は一気に冷える。

「時を見計らう、ってなんやねん」
「……」
「…話してくれへんのか」

少し掠れた彼の声が耳にこびりつく。頭の中で反芻されるそれを受け入れるしかなかった。彼の顔が見られない。さっきの彼の表情を思い出し、この瞬間をどう乗り切るか。私はそれしか考えていなかった。


られた虚構
あゝ、私は詰めが甘い
 
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