04.百年前から動けない


「まあ、考えておきなよ」

そう言って、京楽隊長は退出を促した。失礼します、といって隊首室を出た気がするが、あまり覚えていない。足早に管理棟に戻り、報告業務を押し付けてきた副部長に報告する。特にねぎらう言葉もなく、私はそのまま自席に戻った。

「春原さん、聞きましたよ!」
「え?」
「京楽隊長への報告業務をしに行ったって」
「あ、ええ、今さっきね」

凄いですね!と、横に座る後輩の熱い視線を受ける。普通の管理部員からしたら隊長なんて雲の上の存在だ。私からしてもそうなのだけれども。

「京楽隊長に、って凄いですよ!俺なんて席官の方に仕事で声かけるのも緊張するのに!」
「たまたま副部長の代理で行っただけよ。次期決算は貴方かもね」

そう笑いかければ、彼は真っ青になり顔の前で手をブンブン振っていた。






その日の夜もいつも通りに残業をし、日付が変わる前くらいに帰宅した。部屋に入ってリビングのソファーに突っ伏す。このまま寝てしまいそうだ。ご飯はともかくお風呂に入らないと、と思うが体が言うことを聞かない。その内に、京楽隊長とのやりとりを思い出していた。



―――会いに行かないのかい?

そんなの、会いたいに決まっている。彼が生きていた。本当ならそれを聞いた瞬間、仕事なんてほっぽり出して五番隊隊舎へ飛んで行きたかった。私がこの百年、どれだけ心配していたか、耳が痛くなるまで聞かせてやりたかった。あの細い体に抱き着いて思いっきり泣きたかった。

でも、それは出来なかった。
一目見てしまったら、何かが崩れてしまう気がした。



―――心配していたようだよ。

それは本当に心配なのだろうか。面倒見がよかった彼が、過去に置いてきた女に責任を感じないわけがない。そうなったらそれは心配ではない。ただの同情だ。それは、あまりにも酷い。百年という時間は、至極惨い。



―――君だって、彼の所在を知りながら会いに行っていないでしょう

それは、…それは、私の思いと、今の彼の思いが一致していると考えるのには無理があるからだ。私は、今でも彼が好きだし、待つと決めて待っていたわけではないが、百年思い続けてきた。この百年の間に、それらしい出会いがなかったと言えば嘘になるし、お見合いの話も片手で収まらない程度にはあった。でも私はそれをすべて拒否してきた。それが、すなわち彼を待ったということになるのかもしれない。でも、彼は。彼はそうとは限らない。何せ彼は男だし、百年前の交際していた間もほかの女性との噂も流れたこともあった。彼は否定していたけれど、寄ってくる人は多かったのだろう。彼は、面倒見がよくて優しくて、…そんな彼を百年間も放っておく人はいない。もし、今、彼の隣に別の女性がいたら、なんて考えると嫉妬で狂いそうだ。もう既に結婚して子供までいたら、…もしそうなら、私は完全に過去の女なのだ。そう考えるだけで胸が苦しい。



―――まあ、考えておきなよ

これ以上、何を考えろというのか。私は何も考えないようにこの百年間を生きてきた。今更、何を。

涙は流れているが、拭う気にもなれなかった。



年前から動けない
私は過去に縋ることしかできない


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