03.彼の“今”を


異様に重い足を交互に動かしながら、私は八番隊隊舎へと向かっている。統括経理部の定期報告だ。決算期の前に総隊長に各隊の状況を伝える、という仕事だ。こういった管理機関からの総隊長への報告の機会は少なくない。現在は総隊長の負担が増えすぎたため、各隊の隊長に委任されていることも多い。統括経理関係は、八番隊の京楽隊長に委任されている。本来は、私のような平部員に任される仕事ではない。前期まで担当していた副部長が、忙しいとかで私に押し付けてきたのだ。私が断れば同僚や後輩に被害が及ぶ。それに副部長はどこから聞きつけたのか私が元々席官だったことを持ち出し、京楽隊長とも面識があるなら丁度いい、などと言い出した。初めて任される仕事の緊張感と、百年ぶりに京楽隊長に会うというストレスで死にそうだった。京楽隊長は、百年前とても良くしてくれた。矢胴丸副隊長と仲が良かったこともお声掛けいただくきっかけになっていたが、個人的にお酒の場にお誘いいただいたこともあった。隊を抜けて以降は、全くお会いしていない。

八番隊隊舎の門で事情を話し、隊舎に入れてもらった。近くにいた隊士の方に、隊首室まで案内してもらう。コンコンコン、とノックすれば、はい、と静かに女性の声がした。伊勢副隊長だろうか。

「護廷十三隊管理機関、統括経理部より定期報告に参りました、春原です」
「今開けます」

返事をする前に扉が開いた。伊勢副隊長だ。中に促されたので軽くお辞儀をして中に入る。部屋を見回したが、京楽隊長の姿はない。

「すみません、只今席を外しておりまして。すぐに戻られますので」

部屋をキョロキョロしていたせいか、伊勢副隊長に申し訳なさそうに告げられた。

「いえ、大丈夫です。待たせていただきますね」
「お約束通りの時間に来ていただいたのに申し訳ありません。お掛けになってお待ちください」
「ありがとうございます」

部屋から出ていく伊勢副隊長を見送り、応接用のソファーに座わった。抱えていた資料をテーブルに置く。京楽隊長のものは、向かい側に置いたほうがいいのだろうか。それとも、隊長の執務机に置いたほうがいいのだろうか。そうこう悩んでいるとドアの前が騒がしくなった。


「お待たせしているんですから急いでください!」
「いや、いつも通り待たせといても何も言わないって、あのおじいちゃんは」

ガチャ、とドアが開いた。私はすぐに立ち上がり、ドアの方を向く。

「いやー、いつも待たせて悪いね、って…」

京楽隊長と目が合った。驚いた顔をしている。彼は、私が来ることを知らなかったようだ。

「統括経理部副部長の代わりに定期報告に参りました。春原です。よろしくお願いします」
「栞ちゃん?いやあ、懐かしいねえ。元気にしてたかい?」

お辞儀をしようとする私の肩を掴み、京楽隊長は笑みを浮かべていた。

「ご無沙汰しております」
「本当にねえ。あ、七緒ちゃん、ありがとう。もう外して大丈夫だよ」
「はい、失礼します」

伊勢副隊長が部屋を出て行ってしまった。定期報告は隊長にするように、とのことなので副隊長がいなくても問題はないが、京楽隊長と二人というのはとても緊張する。座るように促され、京楽隊長も向かい側のソファーに座った。

「本当に久しぶりだね。君が辞めてから百年だろう」
「そうですね。当時は大変お世話になりました」
「いやいや、君が統括経理を代表してここに来るようになるなんてねえ」
「恐らく今回のみの代理ですので」
「えー、じゃあ次からも栞ちゃんに来てもらうようにお願いしようかなあ」

百年前とあまり変わらない目の前の人に、思わず笑ってしまう。

「京楽隊長は、お変わりないようで良かったです」
「栞ちゃんは、さらに綺麗になったね。でもまだ春原ってことは、結婚は?」
「相変わらず独身ですよ。あと、そうやって褒めてくださるのは今も昔も京楽隊長だけです」

では、定期報告を始めてもよろしいですか、と資料を差し出した。このペースで話していると、百年前に戻ったかのように錯覚してしまいそうで怖かった。定期報告自体は京楽隊長も真剣に聞いてくれて、不明点はすぐに質問してくれた。答えに時間がかかってしまう私の話もきちんと聞いてくれた。

「以上になりますが、何かご不明な点はありますか」
「いや、大丈夫だよ」
「拙いところが多く、申し訳ありませんでした。では、私はこれで、」
「ねえ、栞ちゃん」
「はい、何か?」
「もう少し、話さないかい?」

京楽隊長の言葉に面食らった。隊長の誘いなど、断れるわけがない。

「お話、とは?」
「最近、復隊した子たちがいるでしょ」
「…ええ、伺っております」

探るような素振りを隠すこともなく聞いてくる。答えるのに慎重になってしまうのは、どうしてだろうか。

「会いに行かないのかい?」

誰に、と聞かなくてもわかっている。何も言わない私に、京楽隊長は続けた。

「彼にね、君の居場所を聞かれたんだ。五番隊にいると思ったのに隊員名簿に名前がなかった、って言っていたよ。どこかに移動したのか、とね」

そうですか、と自分でも聞こえないほどの小さな声しか出なかった。京楽隊長は黙っている。今度は、私が口を開く番なのか。

「…私の、」
「……」
「…私の所在は、伝えたんですか」
「…ああ、知っている範囲でね」

統括経理部に転職したと伝えたけど、まずかったかな。そう言った京楽隊長に首を振る。

「心配していたようだよ。会いに行ったらどうだい?」

彼が私を心配していた。嬉しいような、しかし勝手に消えておいて何を今更、と自分の気持ちに混乱する。何か返事をしなくては、と考える。

「…私から会いに行くことはないです」

その真意を探るように京楽隊長は私の目を見つめていた。

「私の所在を知っていて、彼が会いに来ないということは、そういうこと、だと思うので」
「…そういうことって?」

京楽隊長にしては珍しく有無を言わさぬ強い言い方だった。

「君だって、彼の所在を知りながら会いに行っていないでしょう」
「それは、」

唇が痛い。無意識に噛んでしまっている。痛いのに、力の抜き方がわからない。
会いに行かない理由なんて一つだ。


の"今"を
知りたくないのだから


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