02.忘れる覚悟もない


彼が戻ってきたと聞いた。



「春原さん、前期決算の四番隊の資料に抜けがあるのですが…」
「あー、多分それ部長預かりで修正かけてたはずだから鍵付き棚の赤い帳簿にあると思う」
「ありがとうございます。助かりました!」

仕事中、かなりの頻度で後輩に声を掛けられる。ここに来て百年が経つからかなりの古株だ。わからないことは春原に聞け、と部長が言うほどだ。ここは仕事が沢山あって集中できるからありがたい。
私は今、護廷十三隊の管理機関の一つである統括経理部に所属している。隊士ではない。
彼らがいなくなったのを機に、私は五番隊を抜け、統括経理に移動させてもらった。彼がいない五番隊は耐えられなかった。統括経理は、管理機関の中でも一二を争うほど忙しい部署だ。なにも考えたくなかった私にはぴったりだった。統括経理の仕事は、各隊の経理担当が提出した書類を精査し、その申請を通す。次期の予算の参考になるのだ。数字を見ていれば、すぐに一日が終わる。この百年間、常に私の頭を埋めてくれた。毎日同じところに出勤し、夜遅くまで残業をした。休みの日は、平日に出来ず溜めていた家事をすればすぐに終わってしまう。おかげで使いもしない貯金がどんどん増えていった。





「お先に失礼します」

時間は23時を回ったところだ。まだ数人残っている。切りがいいところで帰ろうと、腰を上げた。いつも通りだ。彼が戻ってきた、復隊したと聞いても、私から会いに行くことはない。百年前、自分を置いて行った恋人に、今更どんな顔をして会いに行けというのだろう。そもそも彼は、私のことを覚えているのだろうか。当時から彼は女性に困るタイプではなかった。百年間私のことを想い続けてくれていたなんて考えられるほど、私の頭はお花畑ではない。当時を知る人たちとも既に縁が切れているため、干渉してくる人もおらず、私はこの百年間と同じ生活を続けている。彼らが復隊したと聞いたときは、勿論嬉しさもあったが、死神にとっても決して短くはない百年間のせいで実感がなかった。それに私はもう護廷十三隊に所属していない。今の彼を私が知ったら、どうなるのだろう。彼は私の知らない百年を生きてきた。今の彼は、私が思い続けてきた彼とは違うかもしれない。私の知る彼はもういないかもしれない。そんな不安を抱えて、これからは生きていかないといけないのか。会う勇気もないのだ。私は、未だに彼のことが忘れられない。それは、否定できない。これからも私を蝕んでいく。私には、踏み出す勇気も、忘れる覚悟もない。

復隊したと聞いてからひと月が経ったが、彼のほうから会いに来ないことを考えれば、私なんてその程度だったのだろう。
百年の時は、私を酷く冷静にさせた。


れる覚悟もない
百年前の彼をひたすらに
愛すことしかできない


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