好きのはじまり


「私が七席、ですか……?」
「そや、頑張りや」

私の左肩に隊長の右手が置かれる。私が七席。私は昨日まで十三席だったはずだ。七席の人が移隊になるとは聞いていた。しかしそこはスライドするのではないのか。急に一桁の席官。私が。
突然隊首室に呼び出されたかと思ったらこれだ。そのまま私の横を通り過ぎようとした隊長を呼び止めた。

「平子隊長」
「なんや」
「そのお話、お断りさせていただきます」
「…………はァ!?」
「それでは、私はこれで失礼します」

私は隊首室を出ようとくるりと向きを変えた。すると先程まで手が置かれていた肩をガッ、と掴まれた。

「おまっ、何言うてんねん!」
「え?だから、そのお話はお断りします」
「七席に昇格やぞ!?何が不満やねん!」
「えっと、嫌いな業務が増えるので」
「アホか!」

平子隊長は心底呆れた顔をして私を見ていた。

「お前は七席や!これは隊長命令で決定事項。二度と覆らん」
「………」
「……なんやねんその顔」
「畏まりました、お受けします」
「だからそないな顔で棒読みで言われても」

席官は上に行けば行くほど身体的負担が増える。死神にだって向き不向きがある。自隊の隊長を支えたいとは思う。でも私は七席の器ではない。

「お前のこと認めてるからこそ、昇格させたんやからな」
「…………はい」
「やからその顔やめろや」

私はどれだけ不機嫌な顔をしているのだろう。

「後で改めて、辞令渡すわ」
「……はい、失礼します」

私は鉛が乗ったかのような重さを両肩に感じながら隊首室を出た。





「そっち、任せても大丈夫?」
「はい!春原七席!」

朝から北流魂街に虚が出て、その退治に私が駆り出された。七席として初めての任務だ。部下を引き連れ、ひとつずつ潰していく。複数箇所に発生したため、少なくとも二人一組で行動するように指示を出した。予定通り、滞りなく任務が終わりそうだ。斬魄刀をカチャン、と鞘に収める。

「春原七席!」

一人の隊士がこちらへ来る。最後の部隊の討伐完了の報告だろうか。

「第三部隊で負傷者発生!一人は重傷、もう一人も限界です!」
「え?」
「合流した第四部隊でも抑えきれなくなっています!ご指示を!」
「っ、私が行きます!先導を!」
「はい!」

その隊士の誘導で第三部隊の元へ向かう。こんなはずじゃなかった。もっと簡単に終わる任務、のはずだった。

「春原七席!」
「お待たせしました!負傷者は下がりなさい。先程四番隊に救援を要請しておきました。私は“これ”を片付けます。」

目の前にいるのは事前調査で伝えられていたよりも上級の虚。

「思ったより大きいわね」

残った隊士に援護してもらいながら気道を駆使し、斬魄刀で叩き切った。私なら、難なく倒せた。でも、この部隊のレベルではそうはいかなかった。
四番隊と合流し、負傷者の状態を聞く。私は聞いているようで聞いていなくて、運ばれていく部下を見ながら、どこか他人事のように感じていた。





「七席を辞任させてください」

隊首室に私の声が響いた。平子隊長は机に肘を置き、私の言葉を静かに聞いていた。

「今回の責任はすべて私にあります。私の読みが甘く、危うく隊士を死なせてしまうところでした」
「…………」
「私に七席は力不足です」
「…………」
「如何なる処分も受けます」
「……はァ」
「平子隊長にこれ以上迷惑をかけたくありません。移隊でも構いません」
「アカン」
「え?」

溜息をつき、こちらも見ないでそう言った。

「移隊なんて許さへんし、これからも七席で頑張ってもらう」
「でも、」
「でもやない」

平子隊長が射竦めるようにこちらを見た。私は咄嗟に動けなくなり、その目を見続けることしか出来なかった。

「今回の件に関しては、お前やなくても被害をすべて抑えることは無理やった」
「いえ、私の力不足が招いたことで、」
「お前は誰かに責められたんか?」
「……いえ」
「怪我した奴は瀕死だったか?」
「…いえ、意識はきちんとしていました」
「せやろ、そんな思い詰めることやないねん」
「…………」
「例えば、お前が俺の指示で虚討伐に言ったとするやろ」
「え?…あ、はい」
「そん時に事前に言われてたよりも上級の虚が目の前に現れた」
「はい」
「お前は誰かを責めるか?」
「いえ……」
「そんで、その虚倒せんくて傷を負ったとする。そん時、お前は俺を責めるか?」
「……いえ、自分の力不足、だと思うかと」
「せやろ、今四番隊で寝てるやつもそう思てるはずや」

はっ、とした。私は自意識過剰だ。この任務は、“私”の任務じゃない。“私たち”の任務だったんだ。

「せやからお前はこんな所で落ち込んどる場合ちゃうやろ」
「…はい」
「お前が今することは、誰一人欠けずに任務を終えて戻ってきた自分とそれを支えてくれた仲間を労うことや。お前はホンマに良うやったわ」

そう言って平子隊長は私の頭をポンポンと撫でた。

「うぇえ…っ」
「は!?おまっ、泣くなや!」
「うわーん!」
「せやから泣くな言うてるやろ!」

仕方ないなァ、と聞こえてきたと同時に視界が真っ暗になり、鼻に衝撃が走った。

「わぶっ、」
「はは、なんちゅー色気のない声出してんねん」

気付けば私は平子隊長の腕の中にいた。平子隊長の匂いがいつもより強い。平子隊長に抱き締められている。一気に体が熱くなった。

「少しは落ち着いたか?」
「えっ、あの、いや、えっと…はい」
「なんや、どっちやねん」

この状況は良くない。突き飛ばすわけにもいかず、でもこのまま平子隊長に縋っているのも悪くないと思っている自分に少し驚く。居心地はとてもいい。元々モテる人だとは思っていたが、私がその毒牙にかかるとは。いやいや、自隊の隊長に恋心を抱いても、報われることはない。

「もう、大丈夫です」

自ら平子隊長から離れ、距離をとる。

「ご心配をお掛けしました」
「いや、大丈夫ならええねん」
「はい」
「…こんなこと、お前にしかせえへんからな」
「…………はい?」
「えっ」
「えっ?」
「おまっ、どんだけ鈍いねん!」
「…………え?」

頭を抱えている平子隊長を見つめるしか出来なくて私はその場に立ち尽くした。あー、とかうー、とか言っている平子隊長をその場に残して立ち去るわけにもいかない。

「…まあええわ」
「はあ」
「報告書、今日中やからな」
「え!はい!では私はこれで!」

虚討伐の報告書を書くのは難しくないが、今回私は指揮官だった。いつもと書式が違う。それに負傷者がいるため、四番隊の書類も必要だ。私は慌ただしく隊首室を出ようとした。

「春原」
「っ、はい!」
「…廊下、走るのはアカンで」
「えっ、はい!バレないように走ります!」

私はそう言い残して隊首室を出た。


きのはじまり
「こりゃ一筋縄じゃアカンなァ」
「ひー!報告書ー!」


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