18.百年の温もり


「お前は今、何を思ってんねん。教えてくれへんか?」

私が今、何を思っているのか。それを彼に伝える時が来たのか。この百年、私がどんな思いでいたのかを伝える時が。さっきまでの彼の話を聞いていて思ったのは、私の勘違いでなければ少なくとも彼は私の想いを受け止めてくれるであろう、ということ。受け取ったそれをどうするかは彼次第だけど。ぎゅ、と結んでいた口を開く。酸素が入ると、口の中がパサパサに乾燥していているのがわかり、喉が張りついているみたいでうまく声が出せるか不安だった。

「…私は、貴方を待つことをずっと決めかねてた」

目の前の彼に視点を合わせる。でもやっぱり目は見れなくて、彼の喉仏ばっかり見ていた。

「“待つ”と決めた時、…その瞬間に真子がここにいないことを実感してしまう、って思って。頭の中ではとっくに“いない”って分かってた、のに」

我慢していたのに涙が出そうだった。

「あの時、……どうして姿を消したのかとか、どうして私を連れて行ってくれなかったんだろうとか、どうして何も言わずに、とか……いっぱい疑問はあったし飽きるほど考えた。でもそんなの繰り返してもどうにもならなくて、……新しい出会いがなかったわけじゃないけどそんな気になれなかったし、隣にいるのが真子だったら、とか考えちゃって、…待つ待たないとかじゃなくて、真子のことしか考えられなかったから、私は前にも後にも動けなくて、」

もう何を言っているのか自分でも分からなかった。でも真子は黙って聞いてくれていて、私の次の言葉を待っていた。ポロポロ涙が出て止まらない。私もちゃんと覚悟を決めよう。大きく息を吸って、と言っても泣きながらだから咳き込みそうになったけど、なんとか抑えて口を開いた。

「私は、今も、百年前からずっと、真子が好き」

真子は少し驚いた顔をして、ふわっと笑った。なんでそんな顔するの、反則だよ。いつもみたいに、ニヤッて笑ってよ。
私が目をゴシゴシ擦っていると、アカンて、と言いながら立ち上がり私の横に座り直した。

「…そないに目ェ擦ったらアカン。赤くなる」

えぐえぐと泣いているわたしの顔に手を寄せて、親指で涙を拭った。その手の感触は、百年前と何も変わらなくて、余計に涙が出てきた。この百年、枯れるほど流したと思っていた涙も、嘘みたいに沢山溢れてくる。

「おまっ、何でまた泣くねん!」
「だって真子があ、」
「俺は何もしてへんやろ!」

真子がこんなに近い。息遣いまでわかる距離。吐息がかかる距離に、彼がいる。彼が、とても近い。

「でも、お前が決めかねてくれてて助かったわ」
「、え?」
「こっち戻った時に、席官引退してええ母ちゃんしてる、なんて聞いたら祝われへんし、嫉妬で狂ってまうわ」

そう言って、彼は笑った。

「栞」

百年前と同じ声で彼は私を呼ぶ。百年前と、ぜんぶ同じ。

「俺も、お前が好きや」
「っ、……うん」
「離れてた百年を、やり直さへんか?」
「…………」
「……なんやねん、何か言えや」

そう言って、彼はわたしの頬を左右に引っ張った。

「…っい!いはい、いはいよひんひ!はは!」
「はー、何言うてるか分からへ、」

真子が手を離した瞬間、私は彼の頬を両手で引き寄せそのままキスをした。百年以上待ち続けたそれは、私には勿体無いくらい暖かくて懐かしくて、この百年が全部吹っ飛ぶ、と言ったら嘘になるけれど、そのくらいぽっかり空いていたところを埋めてくれた。子供みたいな、触れ合うだけのキス。それで十分だった。
離しがたい唇が遠のくのを感じながら目を開けた。

「真子の馬鹿。こんなに待たせるなんて」

おでことおでこをくっつけたまま、真子に話しかける。

「馬鹿ちゃうわ」
「馬鹿だよ、本当に。この大馬鹿者」
「せめてアホって言え」
「やだ」

二人して笑いが口から漏れた。くすくすと笑い合う私たちは、百年の時なんて感じられないくらい“いつも”通りで、でもそれを埋め合うかのように指を絡めた。ぐい、と引かれるまま身を預ける。彼の懐はやっぱりとても大きくて暖かかった。

「……もう離さへんからな」
「うん」
「向こう百年は絶対に離れてやらんからな」
「うん」
「お前が離れたがっても、やぞ」

腕の中にいる私の様子を伺うのが分かった。私は彼の背中に手を回し、そのままぎゅ、と抱き締めた。

「私だって、もう絶対に離してあげないんだから」


年の温もり
「とりあえず栗入りどら焼き弁償して」
「何の話やねん」


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