爾今の慶福


今日も変わらず残業だ。繁忙期ではないが暇な時期などない統括経理は、相変わらず殺伐としていた。いつもよりは早く上がれたけどそれでももう九時半。“以前”だったらもっと残業していたが、今は少しでもはやく家に帰りたい。
真子と寄りを戻してすぐ同棲するようになった。お互い忙しいこともあって、とりあえず私の家に真子が転がり込んできた形だ。彼は彼で契約していた賃貸の部屋があり、徐々に引越しを進めようと相談しているうちにグダグダしてしまい、今に至る。お金も勿体無いしそろそろきちんとしないと。それに、最近は夕食を真子が作ってくれている。二人とも定時で上がれることはまず無いが、それでも私より真子の方が早い。





「ただいまー」
「おう、おかえり」

真子は私が帰るまで夕食を食べずに待っていてくれる。先に食べてね、と言っても必ず待っててくれる。私はすぐに手を洗い、食卓に戻った。

「メシよそってやァ」
「はーい」

味噌汁を温め直している真子の隣でご飯をよそう。今日のメニューは秋刀魚の塩焼きとほうれん草のおひたしだ。美味しそう。

「「いただきます」」

二人して味噌汁をすする。

「やっぱり真子が作るお味噌汁美味しいね」
「当たり前やろ、俺を誰やと思ってんねん」

そう言って笑う真子がやっぱり好きで。そこで私は、ふと思い出したことを伝えることにした。

「真子」
「なんや」

お椀と箸を置いた私を不思議に思ったのか、真子がこちらに視線を向けた。

「あのね、言いたいことがあるんだけど」
「なんやねん、改まって」
「いや、別に改まってはないんだけど、真子に伝えたいことがあって」

私は真子と寄りを戻してから転職を考えていた。彼と暮らしていくなら、もう少し負担が少ない仕事がいい。人事課に掛け合ったらとても好条件の仕事を斡旋してもらえたのだ。一応真子にも相談しておきたかった。

「あのね、私たち今のままじゃ良くないと思って、前から考えてたんだけど…」
「ま、待った!」
「え?」
「俺から言う!」
「え?…うん」

焦ったように右手を突き出した真子に首を傾げた。真子もなにか言いたいことがあったのだろうか。そう思いながら、味噌汁に手を伸ばした。

「おまっ、食べながら聞くんか?」
「えっ?駄目?」

再度持ったお箸とお椀を起き、真子に向き合う。

「えっと、…そやな」
「うん?」
「急やから、あんま言葉考えてへんけど…」
「……」
「お前のこと、あんなに待たせて悪かったと思ってる」
「へ?あ、うん…」

急に何が始まったのだろうか。真子こそ改まって、何の話だろう。

「お前のこと好きになって、付き合うようになって、せやのに何も言わんとあんなに長い間待たせて…、それでもこうしてついてきてくれとるお前には感謝しとるし、これからも一緒におって欲しい」
「…うん」
「せやから、その…結婚、せえへんか」
「………………あの、」

真子は完全に勘違いをしている。私が伝えたかったことが変な方向に、いや、変ではないけれど、私が望んだ方向を飛び越えてしまっている。

「…なんや」
「えっと、その」
「……結婚、したくないんか」
「そ、そうじゃないよ!ただ…」
「ただ、…なんやねん」
「……どうして今なの?」
「…………は?」

私も真子もお互いキョトンとしている。真子がなにか勘違いしているとは思ったが、なぜ今このタイミングでプロポーズなのか。

「いや、なんで今なのかなって」
「いやいや、お前先に言おうとしたやろ!せやから、そういうんは男からせな思てやな!」
「待って」
「なんや」
「…私、プロポーズしようとしてないんだけど」
「は?」
「でも、真子の気持ちはとっても嬉しいし、勿論お受けします」
「いやいや、待て待て!」

お互い混乱していて言い合いみたいになっている。何でこうなった。

「……ん?」
「ん?やないわアホ!あんなに改まって何を言おうとしてたんや!」
「私は三ヶ月後くらいに転職しようと思うんだけど、って話を」
「はァ!?…………なんやねんそれ…」

ため息を吐く真子に転職の話を伝えた。

「いや、真子と暮らすようになったし、今の生活スタイルを続けるのはしんどいかなって思って…。もっと真子と一緒の時間作りたいし、料理だってしたいし…それで人事課に異動願出しに行ったら霊術院の講師はどうか、って言われて」
「霊術院?何教えんねん」
「経理だよ。ここ暫く霊術院って実習ばっかりなんだって。実務とか経理とか入隊してから覚えるって感じなんだけど、まあそれも限界が来たってことかな。人手不足もあるから院生の内に仕込んでおきたいみたい。実習も大事だけどデスクワークも大切だしね」
「座学講師ってことか」
「うん。私統括経理歴百年以上だし是非って言われたの。詳しく聞いたら九時五時勤務らしいし残業もあまりないって」
「なんや、ええ話やん」
「うん。この話についてどう思う?って聞こうとしたら、真子いきなり結婚とか言い出したからビックリして」
「……アカン、恥ずかしくなってきた…」

頭を垂れる真子に私はくすくすと笑い、睨まれてしまった。

「真子」
「なんや」
「ふふ、でも、気持ちは本当に嬉しかったよ。ありがとう。不束者ですが、よろしくお願いします」

私はそう言って頭を下げた。顔を上げるとキョトンとした真子がこちらを見ていてまた笑ってしまった。

「…はあ、こんな勢いで言うつもりやなかったんやで」

そう言いながら真子は立ち上がり、チェストの引き出しを開けた。ゴソゴソと奥の方に手を突っ込んでいる。何かを取り出した、と思ったら、その手元には小さな箱。

「……え?」
「現世におる時に買ったんや。こっちに戻ったら渡そ思てな」

真子はそう言いながらその小さな箱を慣れない手つきで開けた。そこにはシンプルなデザインの指輪がある。私も思わず椅子から立ち、真子に向き合った。

「……ずるいよ馬鹿…」
「馬鹿はやめエ言うたやろ」

真子の細い指がその指輪を掴み、反対の手で私の左手を取る。

「やっと渡せたわ」

真子はそう言って私の左手の薬指に指輪をはめた。私は泣くことしか出来なくて、ずっと左手の薬指を見ていた。


今の慶福
「…これ、高そう」
「他に感想はないんか」


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