15.数ミリ動いた気持ち


「…!この西京焼き、とっても美味しいです……」
「そんな顔で食べてくれるなら僕も誘った甲斐があったよ」

ここは八番隊の隊首室。京楽隊長の誘ってくれたランチは仕出し弁当だった。それも瀞霊廷の中でも三本の指に入るほど高級な料亭の。入れ物が上品にキラキラしている。私の語彙力ではこれが限界だ。
お吸い物に浮いているお麩が可愛いし、美味しいし、ここ最近で今が一番幸せだと断言出来る。

「玉子焼きもお出汁が美味しくてふわふわで……美味しいです」

美味しいしか言えない自分を殴りたい。京楽隊長は笑って食べている。この人は本当に優しい。

「先程はありがとうございました」
「ん?何が?」
「隊首会で…、わたしガチガチに緊張してて」
「ああ、いや、立派だったよ」

流石栞ちゃんだよねえ、と言って京楽隊長はお吸い物を啜った。

「そんな…、正直もう二度とやりたくないです…」
「え〜、僕はこれからも栞ちゃんに報告して欲しいんだけどなあ」
「毎回あんなに緊張するのは身が持ちません」
「次も報告来てくれたらこうやって一緒にお昼食べれるのになあ」
「それは………考えておきます」

この仕出し弁当はまた食べたい。けれど私の手の届くものでないし、他にチャンスはないと思うと悩ましい。自分の食い意地が憎たらしくて仕方ない。
食後に出てきたデザートもとても美味しくて午後も仕事を頑張ろう、と決意していたら京楽隊長が口を開いた。

「最近どう?」
「……最近、ですか?」
「そう、最近」
「あまり、変わりはないです」
「本当に?」
「……、はい」

京楽隊長の言いたいことは分かってる。この人は私を心配してくれている。それは、とてもありがたいこと。でも、踏み入って欲しくない、とも思う。けれど。

「あの、」
「何だい?」
「実は先日、彼に会いました」

京楽隊長は少しだけ目を大きくして、こちらを見ていた。

「一応、話をしました」
「それは良かったね」
「……はい」
「どうするの?」
「?」
「寄り、戻すの?」
「いや、そういう話は……」
「……平子くんも栞ちゃんも、慎重だね」
「…………」
「いまでも、好きなんでしょう?」
「……は、い」

認めてしまった。自分の中にとどめておいた気持ちを外に出してしまった。

「平子くん、いま恋人はいないみたいだよ」
「えっ、……あ、…はい」
「僕は栞ちゃんの幸せを祈ってるから、君の思うようにしたらいいんじゃないかな」
「私の、思うように……」
「うん、もしつらくなったらまた僕のところに来なよ」

美味しいもの食べさせてあげるからさ、そう言って京楽隊長は笑った。


ミリ動いた気持ち
動いたのは
前か後ろか


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -