12.夢心地の地獄


五番隊には昨日来たが、ここは百年ぶりだ。そんなことを思いながら彼について五番隊の隊首室に入った。

「そこ、座り」

応接用のソファーに促され、私は大人しくそこに腰掛けた。彼も向かい側に座った。なかなか顔を上げられない。正面に彼がいる。私はそれだけでびちゃ、と音がするくらい手に汗をかいていたし、ここに、この空間に二人だけ、という事実に心臓が耐えられそうもなかった。

「元気やったか」
「…………、はい」

彼の質問に、なんとか答えた。

「統括経理に移ったとはなァ」
「……はい」
「そっちではうまくやっとるんか」
「……はい」

耳障りのいい声だ、と思う。百年前は毎日聞いていた声。それをこんなにも懐かしく思うなんて。

「七席まで頑張ったんに、勿体無いなァ」
「……いえ、」

溜息をつきながら彼が言った。誰のせいで、と思いながらも、わたしはもう席官に未練はない。

「なんや、“はい”以外も言えるやないかい」

そう、彼は苦笑した。

「心配かけて、すまんかったなァ」

心臓がひゅ、となった。彼が、謝っている。私は、なんと返事をしたら良いのだろう。

「…いえ、ご無事で、何よりです」

私は今、本当に彼と話しているのだろうか。夢の中にいるみたいだ、と思う。彼が口を閉じてしまったので沈黙が続く。私から彼にかける言葉は、ない。

「ひよりが心配してたんや、お前のこと」
「…猿柿副隊長が、……それは、ありがたいことです」
「ひよりは現世に残ることになってん」
「そう、だったんですね。…戻ったとは聞いていなかったので、どうなされているのかと」
「俺が戻って来たんは知ってたんやな」

射竦めるような目でこちらを見ている。そんな目で、見ないで。

「……はい、」
「会いに来てくれると思っとったわ」
「っ、…それ、は……」
「それは?」

どうして私が責められるようなことになっているのか。私は、悪くない、のに。

「……すみません」
「謝って欲しいわけやないんやけどなァ」
「……」

私が黙ると沈黙が続く。私はここで、過去を捨て、進まないといけない、そう言われている気がした。

「あのっ」
「なァ」

同時だった。彼は笑っている。私は彼に何を聞こうとしたのか。自分でもわからない。自分の中の何かがじゅくじゅくと膿んでいく気がした。

「今日はもう送るわ」

ほら立ちィ、そう言って彼はソファから立ち上がった。


心地の地獄
わたしは
どうしたいんだろう


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