11.知らない人みたい


目の前に彼がいて、私に話しかけている。長時間の勤務で脳が働いていない中、私はこの情報を脳で処理出来ないでいた。こんな夜遅くに、どうして。もしかしたら、いや、もしかしなくても他の人に用事があるだけかも。だったら私は挨拶に返事をして門を潜ればいいだけ、だ。
でも、足が動かない。彼がこっちを見てるのがわかるし、変に勘違いしても恥ずかしいし、どうしよう。何も言わない私に痺れを切らしたのか、あー、と唸る声が聞こえた。

「ちーっと話したいこと、あるんやけど」

それを言われてしまってはどうしようもない。彼が私に。話。いい予感は一切しない。百年前のことを謝られるのだろうか。百年前、私を置いていったことを。何も言わずに置いていったことを。今、ここで。
その話をされてしまったら、本当に私と彼の関係は絶たれてしまう。絶っても絶たなくても、“今”の関係は変わらないというのに。わたしはまだ唯一繋がっているこの一本の糸を切りたくないのだ。そう思ったら手に力が入った。手のひらに食い込む爪が痛い。彼に目を向ければ、自分の足元に視線を向けている。私が顔を上げたのが分かったのか、彼もこちらを向いた。
目が、合った。

「あ、……」

私は思わず声を出してしまった。咄嗟に手で口を塞ぐ。そんな私を見て彼は苦笑した。

「相変わらずやな、お前は」

吐き出すように言った彼を見つめる。

「あ、の」
「なんや」
「こんな時間に、どうして」

頭に浮かんだ言葉を断片的に繋げる。私は彼にどんな風に話していたっけ。それも思い出せない。

「さっきも言うたやろ。話があんねん」
「……こんな時間、に?」
「まあ、今のお前の家知らんしなァ。仕事忙しいみたいやしィ?ここで待つのが一番確実やろ?」
「…ずっと待ってたの?」
「ん、」

折角定時で仕事上がったンに最悪や、と彼は笑った。定時からって……五時間もここで待っていたの?別に私のこと呼び出したって文句は言われない立場なのに。私は目をぎゅ、と瞑った。彼が門の柱から背を離しこちらを向き直したのが分かった。

「なあ、」

私は目を開けた。彼がこちらを見据えている。射抜くような目、とは言えないがそれに近い目をしていた。

「場所変えへん?」

私は黙って頷くしかなかった。こちらを伺いながら背を向けた彼についていく。
その背中は見慣れたもののはずなのに、どこかよそよそしくて、冷たくて、触れてはいけないと思った。


らない人みたい
百年って、
こんなにも、こんなにも遠い


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