10.据えた覚悟


朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。めずらしくすっきりとした目覚めだった。ぱちぱちと目を開けたり閉じたりしてみる。寝つきが悪かったから自分の体に驚いた。
私の中で、彼とのことに決着がついたのだろうか。覚醒した頭でそう思ったら、ストンと重荷が降りたような感じがした。起き上がってもいつもより肩が軽い。

「大丈夫」

大丈夫、全部うまくいく。
何が、と聞かれたら答えられないけど、とにかく大丈夫。そう言い聞かせて家を出た。




今日も今日とて書類整理だ。積まれた書類をひたすら捌いていく。大きなトラブルもなく、お昼に食べた鰆の西京焼きも美味しかった。後輩が旅行に行ったとかでくれたお土産の和菓子もとても美味しかった。余ってるというからもうひとつ貰ってしまった。そしていつも通り、ギリギリまで残業をする。部長からそろそろ帰れよ、と声がかかってから二時間ほど経つ。まだまだ執務室には人が多い。

「あっ、これ明日までだったー!」
「今日判子もらった書類どこやったっけ?」
「ねえこの書類って……」

まだまだみんな仕事モードだ。夜食のゴミが、ゴミ箱に高く積まれている。今日はもう帰ろう。ついでにこのゴミを廃品置き場に持っていこう。はみ出ているお弁当の空箱をゴミ袋に押し込みきつく縛る。

「あー!待ってください〜!春原さんそれごみ捨て行きます?」
「うん、そのまま帰ろうかと」
「じゃあこれもお願いします!!」

彼女の手には空き瓶が沢山入った袋。全部栄養ドリンクの瓶だ。重そう。みんなより早く帰る罪悪感もあるし、このくらいは仕方ない。

「荷物とってくるから扉の所に置いておいて」
「はーい、お願いしまーす」

自分の鞄を掴み、執務室の出口に向かう。先程のゴミ袋二つも扉のところで回収していく。キンキンと高い音を立てて瓶がぶつかる。みんなカフェイン摂りすぎだな、なんて考えながら管理棟敷地内の端にあるゴミ捨て場に向かった。小さな小屋になっているのでそれぞれ指定の場所にゴミ袋を置いた。

「よし、」

鞄だけになったので随分と軽くなった、と思いながら管理棟の門まで歩く。また数時間寝たら仕事だ。なるべく早く布団に入りたい。そんなことを考えていた。すると門に背を預けて誰かが立っているのが見えた。きっと誰かの迎えだろう。もう日付が変わりそうな時間だ。誰かの旦那さんや恋人が迎えに来ることも珍しくない。私は軽く挨拶をして門をくぐろう、そう思った。でも近づく度に鮮明になるシルエットに、自然と足を止めてしまっていた。
いやいや、そんなはずはない、と自分に言い聞かせた。だってこんな時間に彼がここにいるわけがない。でも、彼の姿がそこに、ある。どうすれば。長時間仕事をしたあとの脳では何も思いつかなかった。
無意識に一歩下がってしまい、ざりっ、と砂利の音が響く。すると、彼がこちらを向き、口を開いた。

「よォ、お疲れさん」

私は何も言えなかった。


えた覚悟
そんなものは
すぐに打ち消されてしまう


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