08.多くは望まない


彼はちゃんと生きてた。その彼に会えた。百年ぶりに。
五番隊の隊舎にいる間は、外側だけでも冷静を保てていたと思う。でも。でももう無理だった。隊舎を出てすぐに涙が出てきた。拭えども拭えども涙は止まってくれない。化粧が落ちてしまうからゴシゴシ擦るわけにはいかないし、でももう意味がないくらい目が真っ赤だと思う。喉もカラカラだし、鼻の奥もずっとツンと痛い。

「…本当に生きてた」

うん、生きてた。目の前に立っていた。百年前の彼とは、やっぱりどうしても違ったけれど、でも、それでも良かった。髪が短くなっていても、前髪がよくわからなくても、香水が変わっていても。生きていてくれた。

「…相変わらず細かったな」

何を食べていたらあんなに太らないのか。細すぎる。もっと肉をつけろ、ってずっと言い聞かせていたのに。ずっと、ずっと。

「…ばかしんじ」

馬鹿って言うなや、って聞こえてきそうだな、と苦笑する。彼が戻ってきてから避けていたのに、一目見ただけでこんなにも好きだったのだと、今も好きなのだと思い知らされた。好きだから、会いに行けなかったのだと。

「……う、ッ」

声が抑えきれない。人通りが少ない道を選んではいるが、すれ違う人はいる。流石に業務時間だし、こんな歳になって他人に泣き顔を見せられない。一旦ここを離れようと瞬歩で管理棟の裏まで急いだ。






「…お手洗いに行かなきゃ」

裏でひとしきり泣いた後、腫れているであろう瞼を気にしながら、お手洗いに向かった。なるべく人に会わないように。お手洗いに入るとすぐに鏡に向かい、化粧ポーチを出す。やはり半分くらい化粧は落ちているし、瞼も若干腫れていた。

「…隠せるかな」

ファンデーションやハイライトでなんとか瞼の腫れを隠した。化粧が少し濃くなってしまったが仕方ない。よし、と化粧ポーチを片付け、執務室に向かう。気持ちを切り替えなくては。何が何でも。これからも、彼と会う機会はあるかもしれない。だって、同じ世界の同じ場所で生きているのだから。皮肉にも程がある。あんなに会いたかった人に、こんなにも会いたくないだなんて。百年前は誰よりも近くにいたのに、今では世界で一番離れている。
今はただ、私が彼のことを好き、という事実があるだけ。それでいい。
彼が生きていてくれただけで、満足なのだ。

くは望まない
彼が幸せなら、
それで


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