07.跳ね上がる心臓


「統括経理部です、指導に来ました」

大きな扉に向かってそう言うと、扉が開いた。中から隊士が出て来る。

「統括経理…ですか?ご用件は?」
「先日提出していただいた書類の件で、五番隊の経理担当の方にお会いしたいのですが」
「少々こちらでお待ちください」

門のそばでしばらく待たされる。すぐに戻ってきた隊士に案内され、経理担当の元へ向かった。すると、執務部屋の前でそわそわしている隊士がいた。

「彼が経理担当の者です」
「はい、ありがとうございました」

案内してくれた隊士にお礼を言い、部屋の前にいる彼に声をかけた。

「初めまして、統括経理部の春原です」
「あっ、五番隊経理担当の水沢です!」
「本日は指導に来たのですが、お時間はよろしいでしょうか?」
「え、指導ですか…?は、はい!大丈夫、です!」

こちらへ!と大きな声で言う彼について行く。

「僕の席で大丈夫でしょうか…。すみません、会議室がすべて埋まっていて…」
「大丈夫ですよ。書類の書き方をお教えするだけですので」

部屋の中に入り、彼の机に向かう。いろいろな人からチラチラ見られるが仕方ない。彼がどこからか持ってきた椅子を拝借し、彼の横に座る。資料を一式渡し、説明を始めた。

「ます、本日指導に伺った経緯なのですが」
「は、はい…」
「先日、提出していただいたこちらの書類についてです」
「あ、それは…」
「…?何か?」
「え、いえ、その書類なのですが、引継ぎ後に教えてもらっていないことに気づいて…」
「なるほど、ではお教えしますので資料の18ページを見ていただけますか」
「は、はい!」

彼を教えていてわかったが、やはり引継ぎで教え漏れがあっただけのようだ。体育会系、といった風貌でおどおどしている彼を見ながら苦笑する。

「あの、そんなに緊張しなくて大丈夫ですから」
「い、いえ…!わざわざご足労いただいて申し訳ないですし…」
「最初は誰でもわからないことですから」

彼に謝られながら、書類の書き方を教えていく。すると、他の隊士がお茶とお茶請けを出してくれたので、ありがたく頂戴することにした。これって最近人気のどら焼き屋さんの栗入りどら焼きではないか。素晴らしい。美味しそうだ。そんなことを考えている私の横で彼は手順書と私が言ったことを一生懸命残していたメモを両方見ながら書類を書き進めていく。手順書も余白は真っ黒になる程メモがとられている。こんなに真剣に取り組んでくれているなら次からは大丈夫だろう。これが終わったら、ありがたくどら焼きをいただこう。
一時間半ほど経っただろうか、他にも彼がわからないというところを教えていると部屋の入り口が少し騒がしくなった。すると一人の席官が私のところに小走りで来て口を開いた。

「あの、隊長が今回の件で一言謝罪とお礼が言いたいと」

五番隊の隊長が、私に?体から血の気が引く。どうして指導のことをあの人が知っているのか。見かけた席官が伝えたのだろうか。そんなの事後報告でいいのに。こんなこと隊長に謝ってもらうことではないし、私はただ仕事をしているだけだ。それに。それに、彼は今日ここに来ている統括経理の人間が私だと知っているのだろうか。急遽決まったことだし、ここに来た時も苗字しか名乗っていないから、知らないはずだ。というか知らないほうがいい。私は慌てて口を開いた。早くここを離れなくては。その一心だった。

「いや、あの、隊長もお忙しいでしょうし、わざわざ出向いてもらうわけにはいきませんので…。私はこれで失礼しますね」
「え、あの!」

席官の方にはそう伝え、経理担当の水沢さんにも指導完了を伝えた。それでは、と言おうとした瞬間、後ろから声がした。
ああ、そうだ。こんな声だった。百年ぶりに聞いてもすぐにわかるものなんだな、とどこか私は冷静だった。

「お、おったおった!いや、すまんなァ。君が統括経理の子ォやろ?ウチのが迷惑かけ、」

振り返った私を見て、彼は口を開いたまま固まった。どうやらやはり私だと知らずに声をかけたようだ。随分と髪が短くなったな、とか、なんで前髪が斜めなんだろう、とか他人事のように思う。まあ他人事なのだけれど。周りには五番隊の隊員の方がいるわけだし何か言わなくては、と思い口を開けたままの彼に声をかけた。

「いえ、これも統括経理の業務ですので。ご配慮いただきありがとうございます」

私の頭の中は至極冷静だった。自分でも驚くほど冷静に、ビジネスライクな言葉が出てきた。

「……さよか」
「はい、一通り担当の方にはお伝えしましたので、私はこれで失礼させていただきます」

お茶もありがとうございました、そう告げて私は五番隊隊舎を後にした。ばくばくしている心臓を無視して、急いで管理棟に向かった。


ね上がる心臓
あ、どら焼き、
食べ損ねたちゃったな


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