06.近づく距離


「おはようございます」

いつも通りの時間に出勤し、いつも通りに挨拶をする。相変わらず机に積まれた書類は減らない。さて、と一番上の書類に手を伸ばすと、後輩の一人が話しかけてきた。

「春原さん、おはようございます」
「おはよう、どうかした?」
「あの、ちょっとこれを見てもらってもいいですか」

差し出された書類を受け取り目を通す。なるほど。これは酷い。

「担当変わったの?」
「みたいなんですけど、引継ぎちゃんと出来なかったっぽいですね。これを見る限り」

各隊の経理担当から提出される書類は書式が決まっていてその通りに書けばいいのだが、モノによっては少しクセのある書式もある。それは各隊でマニュアルが作られているはずなのだが、この隊は引継ぎがうまくいかなかったらしい。隊長印も押してはあるが、こんなものは代理で押している場合がほとんどだ。隊内管理の書類はきちんと隊長が目を通すのだろうが、統括経理に来る書類は緩い。事後報告書類しかないので、どうしても数が多くなると、ええい取り敢えず出してしまえ、といったようなトライアンドエラーが悪習になっている。

「んー、これは指導に行かないといけないかもね」

部長に確認とった?と聞くと、後輩は困ったように眉を下げた。

「報告はまだなんですけど…これって私が報告したら私が指導に行かないといけないですよね」
「うん、基本的にはね。それ何番隊なの?」

気持ちは分かる。ここで働いている人たちの性格上、護廷十三隊の隊舎に行きたがる人はいない。ずーっと机に齧り付いていることに向いているからここに就職するのだ。

「五番隊です」
「そ、っか…五番隊か」
「はい、最近隊長が変わったって聞きますし、内部配置も変わったんですかね」

引継ぎはしっかりやって欲しいですー、と嘆く後輩を後目に余計なことを考えてしまう。

「とりあえず、部長に報告してきなさい」
「はーい、…もし何かあったらフォローお願いします!」

そう言って、彼女は部長の机に向かっていった。彼女を見送り、自分の仕事に手を付けはじめた。一枚でも多く書類を減らさなくては。





鐘が鳴った。お昼だ。机の上にある書類は減る気配を見せない。なんなら増えている気がする。お昼を買いに行こうと財布を持って席を立つ。この時間になると、お弁当の屋台が軒を連ねるのだ。曜日によって出店しているお店が変わる。今日はカレーにしようかな。そう思いながら部屋を出ようとしたとき、部長の大きな声が聞こえた。

「春原!」

嫌な予感しかしない。くるっと振り返り、お昼に行くんですオーラを全面に出しながら返事をする。

「なんでしょうか」
「午後イチで、五番隊に書式の指導に行ってくれ」
「…、私がですか?」

朝声をかけてきた後輩の方を向けば、彼女は顔の前で手を合わせ全力で申し訳なさそうにしている。

「下っ端に行かせて、二度手間になるのも面倒だろう。それにお前は確か元五番隊じゃないか。古巣だろう。後輩に指導してやれ」
「………はい」

じゃ、任せたぞ、と部長は言い残してお昼に行ってしまった。私はそのまま自席に戻り、大きくため息をつく。一時間後には五番隊に行かなければならない。もし、彼に会ってしまったら。そう考えると気持ちが悪くなってきた。大丈夫、経理担当に指導に行くだけ。別に隊首室に行くわけではない。隊長が席官たちの執務部屋に来ることなんて、滅多にないわけだし。大丈夫、大丈夫。そう自分に言い聞かせて、指導に必要な書類をそろえ始めた。お昼を食べる気にはなれない。


づく距離
物理的にモノとモノの距離が縮む、
それだけ


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