07.気まぐれレイニー
ザンザスと婚約者の事件を知らない幹部達はいなかった。
と言っても、リング戦の中心となって戦った彼ら以外の幹部は知らなかった。
切り裂き王子ことベルは「絶対ボスが無理やり最後までやると思った」と声高に言い、スクアーロに声がでけえと怒られる様であった。
しかしながら自分達の偉大なる暴君が、未遂で終えた原因は一般の世界からきた彼女の影響が、少なからずともあるのではないかと思った。
そして、誰もがきらと無事に幸せになって欲しいと思っていたのだった。

今日はベルの発案できらはトラムに乗り、市内観光をしているところだ。
トラムから降り、初めての世界を見て感激するきらと歩く。
しかし、酷い人混みで景色に目を奪われすぎていた婚約者はベルとはぐれてしまった。

ぽつりと人混みの取り残された婚約者はしまった!と思ったものの金髪の青年はベル以外にもおり、目ですら迷子になってしまい探せない。
どうしよう、と泣きそうになっていると高そうなカフェに入ってココアでも飲んでまっててとベルのメッセージが入る。送られてきた位置情報にあるカフェにきらは急いで入った。
ベルからのメッセージで安心しきったきらに対して、ボスの婚約者を1人にするなんて、とベルは焦る。

焦るベルとは裏腹に困ったなあ、としか思っていなかったきらは言われた通りココアを頼んで待っている。
焦っている感じはなかったが、きらも慣れない異国で1人いるのは流石に不安だと思ったのだ。
カフェの窓からどんよりとした雲がかかっているのが見える。
スマートフォンの画面が光り、あと少し!と出た文字が心強い。

クリームをとかし、スプーンで混ぜる。クリームとココアを混ぜるのって好きかもと
ゆっくりと溶けていくクリームを観察し気持ちを紛らわせた。

おもむろにきらは顔をあげると目深く帽子を被った男と目があった気がした。
男の顔はすぐに新聞で隠されてしまったが。

どうして、私を見たんだろう、と嫌な気持ちが過る。この地域で見ない人種なのだろうか。いや、観光地なのにそんな事はない。
しかし何故かその目線が合ってから、顔をあげれなくなってしまった。
さっきまでは顔をあげて窓をみたり、店員さんのコーヒーを入れる様子を見れたのに。きらは気持ちのゆとりをすっかり無くした。

寒いのにじわじわと汗をかいた。ただ目があっただけだよ、と自身の気持ちを鎮める。それも虚しく気持ちは一向に落ち着かず、このカフェの斜め向かいにある店に逃げ込もうときめた。
急いで会計をし、店を出ると後ろからまた扉についていた鈴の音がした。
嫌な予感がしたがきらは振り返らず、鞄をしっかりと抱え店へ逃げ込んだ。

扉を開けると食料店だったとわかる。そして振り返らずに一目散に店の奥へ進む。
程なくして店員と挨拶し合う男の声が聞こえた。
きらは頭の中でアラームがなっている気がした。
ただ事じゃないかも、と危険を感じているのだ。でも自分の思い過ごしかもしれないと商品棚を使い、カラフルな商品袋の隙間からあの帽子男か確認をすることにした。

しかし、頭の中のアラームは鳴りやむ事はなかった。
どうして、あの男。驚き口が開いてしまい、手で口を塞ぐ。
帽子男は落ち着きがなく、きらが取った進路と同じように奥に進んでいた。
婚約者は焦るあまり、反対の進路を取って店から出ればいいものの階段を上り上へとあがってしまった。
左右から上り下りができる階段で2階に行った時だった。

ベルからの着信が鳴る。いくらかいた観光客達の会話に紛れて、緑色のボタンを急いで押す。見つからないようにと祈りながら。

「いないじゃんカフェに」

「着けられてる気がする」

身体を商品棚に隠し、少しずつ歩きながらベルに現状を伝える。
どこにいるか説明をしていると、うっかり階段を上ろうとしていた帽子の男と
再び目がかっちりと合ってしまったではないか。
男は反対側から2階への階段を登りきり、きらのそばへ向かおうとしている。
この事はきらが男の存在にきちんと気付いたと、男に知らせてしまった瞬間だった。
早歩きでこっちに向かってくるが、きらも急いで階段をおりた。

きらは客をかき分け店の外へ飛び出し小雨が降る中走り出す。
ベルが電話口で聞こえる?!と言っている気がしたがそれどころではない。
邪魔、と思い携帯を胸ポケットに仕舞い込んでしまった。

そして路地には簡単に入るなと言われたが、気が動転したきらは入ってしまう。
左右に高い建物が立ち、多くの人々の視界から存在を遮断した。
壁面から建物の古さを感じ取りながら、表通りから離れるよう奥へ走り進んだ。

しかし、何故自分がこうして追われるかもわからなかった。
それが彼女を混乱へと落とす大きな理由だ。

小さな水玉模様が作られ始めた長い石畳の上を懸命に走る。
息は白く上がっては消え、きらの髪がなびき、後ろから革靴で追いかけられる音がした。

英語で呼びかけられている気がした。きっとその男に追いつかれるのも時間の問題だろう。
自分とどれぐらい離れているのか走りながら振り返ってみると、男はいない。
ずっと追いかけられていると思っていたきらは益々混乱しそうだった。

どうしていないの?あんなに声が近くに聞こえたというのに、おかしいと。
そう思ったが刹那、どすんと何かにぶつかってしまった。
回り道してあの男とぶつかったのかと不安に陥る。
数歩後ろへよろけたが、二の腕を掴まれ尻餅をつく事は避けれた。

「あ・・・」

ぶつかったのは目深く帽子を被った男でもなくザンザスだ。
その後ろにはスクアーロがいて、よおと声をかけてくれたがきらの耳には届いていない。

「ぶつかる事しか出来ねぇのか」

そう言ってザンザスはきらの腕を離した。
言い返してくるものだとザンザスは思っていたが、無言のきらを見つめる。
ああ、だからかときらが狼狽しているのに気が付いた。
自分に対してそうなっているのか、何かにそうなっているのか。何に狼狽しているのだと、考えを巡らせたばかりの時だ。

「助けて」

思考を遮断するようにきらの声がした。

すっとザンザスの目を見てそう懇願したきらの手は震えていた。
泣いてこそいないが、自分の婚約者と言われる女の瞳が揺れている。
胸元でぎゅうっと手を握っているきらはの様子は、自分が脅かした時と同じ様に怯えている。
冷静にきらの様子を観察しているのに対して、追われている哀れな婚約者はこの
願いを棄却されたらどうしようかと、不安になっていた。
こうしている間もばたばたと走る音が後ろから聞こえ、きらは一層おびえた。

すると、ザンザスは彼女を抱き寄せるようにして自身の胸元に抱え込んだ。
鍛え抜かれた逞しさが着ていたダウン越しにも十分婚約者にも伝わる。
この身勝手な男がこんな風に自分を引き寄せるなんて、ときらは目を見開き驚く。

「ベルがくるなぁ」

水槽に魚を入れたかのように、とぷんとスクアーロの言葉が落ちてきた。
絶対にベルが来ると確信している様だ。
この足音がベルなのか、その男なのかきらには見当もつかなかったが、音が近づけば近づくほど心臓が大きく高鳴っている事だけはわかった。

そして、あんなに嫌だ嫌だと叫び失神までしたのに、ザンザスに抱きしめられると何故こんなにも安心をするという事もわかっていた。

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