05.何光年も前のこと

おかしい、迷ってしまった。
来た時もこの廊下を歩いた筈なんだけどな。でも絵画が違う気がする。
雨季を未だ抜けないこの時期には珍しく晴れ、日差しが窓から廊下へと差し込んでいる。
その日差しに踵を返し、来た道を戻った。
9代目との面会があり、今日はボンゴ本邸に赴いたのだ。9代目の部屋を出たものの、迷子になってしまったのだ。

玄関までたどり着けなかったらどうしようと不安に感じていた時、大きく開け放たれた扉が目に入る。
来た時に開いていたのだろうか、この扉は。
開いていたような気もしたがあまり覚えていない。そもそもこの扉自体見たかもわからないのに。
映画だったら、この部屋に入って異世界に迷うっちゃうよね、と思い部屋を覗いてみる。
天蓋付きのベッド、アンティークの机、大きな本棚。並んでいる本は英語のタイトルのものもあれば、イタリア語、中国語、日本語と並んでいる。
語学系の本は背表紙がぼろぼろのものもあった。
多彩な言語を扱うんだなあ、と思い視線を横に動かすと真ん中の段の端っこには地球儀が置いてある。
誰かの部屋だろうか、生活感は一切感じられない。使用人が掃除してるからだろうか。
不思議とずっと魅入ってしまう部屋だった。
置かれている高そうな調度品や、ベッドカバーにカーテンなどから部屋を飾る人が愛を込めて作った事が感じられる。
けれども、涙の跡が乾いた様な寂しさを感じるのは何故だろうか。

「ザンザスの部屋だぁ」

「スクアーロ!」

「昔、幼少期から10代の頃の部屋だな。」


私の来た道からやってきた銀髪の剣士が教えてくれる。
車まで無事に戻れるという安心よりも、ザンザスの部屋である事に驚きが隠せない。

「すごく大きな部屋だね」

「あいつは御曹司だからなぁ」

御曹司か、と今日の9代目との面会を思い出す。

『あの子は難しい子でね、苦労をかけると思うが何かあったらいつでも話してくれ』

何かあったらと私を気にかけてくれる言葉を貰ったが、別にあの日の事は話さなかった。あの温和な老紳士のおかげで私は今イタリアにいれるのだ。それに、あんな男女の事を話すのは私は恥ずかしくて出来ない。出来ないし、誰にも話したいと思えない。話すために記憶を辿るなんて私にはごめんだ。

「ザンザスってどんな子供時代過ごしたのかな」


あの子は難しい子。9代目の言葉とこの小さな御曹司の部屋が重なる。
重そうなカーテンは左右に纏められており、大きな窓からは噴水が見えた。


「さあなぁ、ボスさんは自分の事を殆ど話させねえからなぁ」

幼いころのザンザスだなんて想像出来ない。
この部屋でどんな風に彼は過ごしていたのだろう。
本の背表紙がぼろぼろになるくらい、彼は勉強したのかもしれない。
いくつもの語学の本と睨めっこをして、辞書にいくつも線を引いたのかもしれない。
ここで、友達と話し込んだりしたのかもしれない。
でも、どうしてさっきからこの部屋は空っぽだと私は思ってしまうのだろう。

「・・・泣いた時、慰めてくれる人はいたのかな」

「どうだろなぁ」

スクアーロの肯定も否定もしない単調な話し方が私は好きだと思った。
彼のの答え方は彼の尺度でザンザスを判断していない。
自分がこうだったから他人もこうだ!違うなんておかしい!という気持ちが語気から感じれなくて心地よいのだ。

「そっか」

扉によりかかり、部屋に視線をもどす。
あの日、ルッスーリアに慰められた時の暖かさが緩やかに蘇り、瞳が潤んだ。
ザンザスにもそうやって慰められた時があったのだろうか。
彼の子供時代を何も知らないのに、どうしてそう思ってしまうのだろう。
それに、あの日から口をききたくない程に疎ましく思っているのにどうして、彼の幼少期に想いを馳せてしまうのだろう。


「俺はお前のそういう所、いいと思うぞぉ」

「そういう所?」

理解の出来なかった私をスクアーロは小さく笑った。小さな御曹司の部屋の窓から冷たい風が入ってきて、頬を撫でる。冬に噴水って少し寂し気じゃない?
そしてスクアーロはゆっくりと続けてこう言った。

「きらがどう思ってるかわからねえが、この世界で真実の愛を見つけるなんて難しい。
1000万円のダイヤの指輪よりもなぁ」

「そういうもの?」

「ああ。難しい世界に来ちまったなぁ、お嫁様」

まだお嫁様じゃないもん、と言い返し笑った。スクアーロも笑い、なんて麗らかな時間なんだろう。帰ろうと笑顔のままスクアーロと歩き、最後に小さい頃のザンザスの部屋を一瞥したが、やっぱり寂しげな感じがした。

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