03.永遠は雨に沈む

「誰がこんな女と飯が食える」

陶器の割れる音、銀食器が床に投げ落とされる音、グラスが割れ液体が溢れる音、全てが混ざった音が床から天井へと響いた。

ザンザスは非常に私との婚姻に不満らしく、いやそうだろうけどさ、同じ食卓につくことを拒んでいたのだ。私を見るや否やテーブルに並べられたものを全て床に落とす事で彼はその不満をいつも表す。

「ボス!!どうして!!」

「るせえ。部屋にもってこい」

ザンザスはルッスーリアの静止を一瞥し、そばにいた使用人にそう伝えた。
1人の使用人は急いで床を片し、もう1人の使用人も急いでワゴンの上に乗せる食事をとりにいってしまった。

ああ、今日も一緒の卓につけなかった。
きっと9代目がいたら大人しく食べてくれたかもしれない。
初めて会って食事をした時、ザンザスは自分に父親に殆ど口をきかずにただ黙ってもくもくと食べていた。

私達はクリスマスの前のパーティで正式な婚約者として発表されるのに、こんな調子でいいのだろうか。

「きら様、お花が届いております」

「ありがとう」

花なんて、誰からだろうと思い受け取る。1つは大きな花束で、ザンザスの父親である9代目からだ。もう1つは一輪のバラだったがメッセージカードにはヴェントファミリーよりと書いてあったので、あの時の青年かと検討がついた。
騒然とした食卓を抜けた後だからか、嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。
まるで初めての友達ができた気がして、暗く寂しい部屋に一本のろうそくが灯された様な気分になった。

その可愛らしいろうそくが消えないようにと手入れした花は枯れてしまうも、花の贈り物は一度だけではなく度々私の元へやってきてくれたのだ。
時期に合わせた小さな贈り物は慣れない外国生活の中での楽しみになった。
添えられているカードにはおそらく、その青年が選んだであろう詩が書かれていた。


「誰からだ」

5度目の花のを玄関でもらった時、偶然任務帰りのザンザスと一緒になった。

「ヴェントファミリーの青年からです」

「お前にか」

穏やかだった空気がヒリヒリとし始める。気が立っている様子がザンザスの声から伝わり、革靴が大理石とすれる音で雨が降っていた事を知るも、今はそれどころではない。
たった少し会話しただけで彼は一体何に気を立てているのか私には疑問だ。

「そうです、友達です」

うるさい、なんだこいつ。
そう思ってザンザスに背中を向け、バラを持って部屋に逃げる。
今日のバラはピンク色だった。階段の踊り場にある大きな丸窓には雨が打ち付け始め、寒い夜になる事を知らせている。早く部屋に戻って暖房をつけて、花を活けてあげなきゃ。

「ふざけてんのか」

扉を締め切らないうちにザンザスが追いかけて部屋に入ってきた。
本当に彼から逃げたくて、急いで私は階段を上がってきたのに、どうして。
不満の言葉を投げる間もなく彼は私からバラを奪った。

「返して!」

「何処の馬の骨かもしらねえ奴からもらってんのか」

「関係ないでしょ!」

背が高い彼にとられたのが運のツキだった。手を伸ばしても当たり前に届かない。
彼は少し上に手を挙げているだけなのに、囚われたバラの花は悲しげに少し首をもたげている様に見える。

「バラの花をもらっておいて、友達か。
俺の顔に泥を塗るつもりか」

「どういうこと?」

彼の言葉に理解が追いつかない。しかし彼は私の意見も勿論どうでも良いのだろう。
大きな手がバラの顔を掴んだ。いけない、と思い静止の声をあげる。

「やめて!!」

言い終わらないうちにバラはぐしゃぐしゃにされ、その場に投げ捨てられた。
酷い、どうしてなの。凛と美しかった姿はもうどこにもない。

「どうしてこういう事するの?!」

「お前は俺の婚約者だ、それにここがどういう場所かわかってんのか?」

ブラウスの襟近くを掴まれ、壁に押し付けられてしまう。静まり返っているせいか雨の音がよく聞こえる。こんなに静かなのに、誰も私達の騒動に気付いていないのだろうか。
それに、どういう場所かという言葉は前も聞いた言葉だった。何が言いたいの、と思ったが言葉を発するには憚れる空気だ。まるで空気そのものが石化していっている様な、重すぎる緊張が部屋に漂い始めている。

彼は口をぴったりと結び、燃え上がらんばかりの瞳で私を見つめる。ブラウスの襟から手は離してくれたが、恐怖で声もあげれない。
壁に手をつかれ見下ろされているのだが、この腕をすり抜けて廊下に逃げる事は出来るのだろうか。彼に食って掛かろうとしていた威勢などもうない。

「逃げれると思うな」

頭の中を覗き見ているのだろうか。たった一言なのに、この男にこの場で支配されていると知らされた。一挙一動を、彼に見透かされているのだ。脈打つ音が次第に大きくなり、心臓も次第に早く鼓動を打つ。
この音も彼に聞かれているのではないだろうか、わかっててこの男は私にこういう態度を
取っているのだろうか。

「他の男と寝て俺に恥をかかせてみろ、ただじゃおかねえ」

どうしてこの男がここまで私に怒りを見せるのかもわからなければ、どうしてここまで言われなくてはならないのかもわからなかった。私はただ友達からの贈り物だと思っていたのに。
四肢の先っぽが恐怖で冷たくなっていく。瞳も心なしか熱い。
彼を恐れているせいなのか、ありもしない事を言われたせいなのか。

「寝てない、そんな事、言われる筋合いないです」

恐怖と怒りで喉が閉り声が上手く出せなかった。
聞こえなかったのではないかと思ったが、彼は私の言葉に目を見開く。
ああ、聞こえたんだ。


「誰に向かって口答えしてんだ!!!」

「――!!」

声にならない悲鳴をあげると同時にザンザスにまた襟元を掴まれ、乱暴にベッドに押し投げられた。起き上がろうとするが彼に腕を奪われてしまう。

「ここがどういう場所か教えてやる」

私に馬乗りになり、ブラウスを左右に裂く。ブラウスについていたリボンはとっくに解けていた。ボタンは散らばり、肌が外気に触れる。暖房を消してしまったので随分と空気は冷たかった。そしてそれが私をより恐怖に落としていく。
この後に起こる事なんて簡単に予想出来る。

「やだ!やめて!」

「うるせえ」

乱暴な噛み付く様な口づけで、目の前にいるのは凶暴な獅子だ。
唇を閉じて、この男の胸板を手で押し抗議したが意味は全くなさない。
性急にブラウスを脱がされ、キャミソールから見えていた胸に噛み付かれる。

「痛い!!」

これもまた、がぶりと獣の様に噛まれた。しっかりと歯が立てられて自分の肌に歯が沈みゆく感触が襲う。血が出てしまっているのかもしれない。

嫌だ、怖い、触らないで。

噛まれた場所から全身に恐怖が広がっていく。
ベッドに乗り切らなかった脚は恐怖で全くの感覚を失ってしまったのか、動かない。
このままこの男に自分を奪われたくない。誰か、誰か助けて。助けて欲しいのに、じたばと動くことすらままならい。

「静かにしろ」

男の声が耳に入るが、それよりも上がっている自分の呼吸の音の方が大きい気がした。
手先がどんどん冷えていく気がする。天井にある物が滲んで何も見えない。
ザンザスが上半身を起こし、ネクタイをゆるめた。雨足が強まっている気がする。
自分が今、どういう状況で何故横になっているのかがわからなくなってきた。
散り散りになったのはボタンではなく、自分なのではないか。いつもこうだ、誰も助けてくれない。
こうして嵐を過ぎるのを待っているんだ。

酷い浮遊感に襲われたが、ザンザスの手がスカートの裾から入り込み
太ももに触れられた時だった。頭に血が上り切り、沸騰するかの様に私は悲鳴をあげた。
ヒステリーでこのまま倒れるのではないかと言う程で、自分でも経験の無い程の大きな声だった。

ぱっちりと、泣き止んだ子供の様に瞳を開けてこの恐ろしい男を捕える。
男は眉根を寄せ、口を少し開け驚いていた。

最後に覚えていたのはこれだけだ。

prev / next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -