02.スネークリングは愛の証

ザンザスが他の女とキスをしているのを見てしまった。
いや、キスをしていたかはわからないがきっとしていた気がする。


それは懇談会が面白いと思えずいそいそと化粧室に行き、戻るために廊下を歩いていた時の事件。
ザンザスが女と口づけをしているところを見てしまったのだ。
心臓がピタリと止まったかのように、私は動けない。

ジンジャーヘアと呼ばれる綺麗な赤髪の女性にザンザスは口づけをされていた。
いやされていたのかザンザスからしたのかはわからない。ただされているように見えただけでも、心にはどんよりと雲がかかった。今後伴侶として生きる男が、こんなにも早くも浮気男だとわかるなんて。
随分と親の放漫さにやれてきたのだ、少しくらい良い思いをしたいっていうのは罰当たりなんだろうか、と思った矢先、ジンジャーヘアの女がこちらを見ながら言葉を放つ。

「あら、小さな婚約者に見られちゃったわね」

しっかりとした綺麗な英語だった。
恐ろしい、自分の進む先に蛇が現れた様な気持ちだ。知らぬ女から攻撃を逃れるべく踵を返す。数歩歩いたところで、今度は後ろからザンザスの声が聞こえた。

「あんな女しったこっちゃねえ」

「ふふ、怖いわね」

空には重くてたまらない厚すぎる雲がかかり始める。
ああ、男に認められている、異性から認められた事で悦に浸っている女の笑い声だ。そんな女性に恐ろしさを感じつつも、涙が込みがあってくるのを抑えられなかった。悲しい。私は一体なんなんだろうか。

ザンザスに歓迎されていないのは初めて会った時からわかっていた。
彼を中心とする幹部には幸運にも快く歓迎され、時間が私とザンザスの仲を縮めてくれると考えている。でも、婚約を定められている男にこう言われるのはこんなにも悲しいのかと、そしてすっかりと、この男に好かれなければこの場には居場所がないような感覚に私は陥っていってしまった。


広間に戻らず、外廊下でじっと庭にある噴水を眺める。さっきの出来事が恐ろしく耳にこびりついて、嫌に頭がぼんやりとしているからだ。
ルッスーリアに見繕ってもらった緑のミモレ丈のワンピースが、二人に燃やされていきそうだ。気分はさながら魔法の解けた後の灰かぶりの少女である。

「寒くなってきましたね」

金髪に深い青色の瞳をした男が。柔和な笑みを浮かべ、自分はヴェントファミリーのものだという。

「ここはいつ来ても良い屋敷ですね」

「立派ですよね」

さっきの出来事を頭から離そうと、彼の言葉に反応しようもうまくできない。私ってなんでこんなに目の前のこと集中できないんだろう。この青年と話せば気持ちが紛れるかもしれないと思ったが、それは無駄な期待に終わりそうだ。
男はイタリアのどこにいったのか、とか美味しい店やカフェがあると色々教えてくれる。
全然何がどこにあるかわかんないや、と思いつつも美味しそうだとは思った。

食欲がそそられ、思わず連れて行ってくださいと言いたくなるほど男の説明は上手だ。

「きら」

低く落ち着いた声が聞こえた。あっという間朗らかな色がたちまち私の心の中から消えゆき、背中にぴりっとした緊張が走る。その緊張が抜けきらないうちに名前を呼ばれると同時に腕を後ろに引っ張られ、はずみでよろけてしまった。誰の胸元にぶつかったかなんて簡単だ。首を斜め上にあげれば、ほら、ザンザスじゃないか。

「これはこれは暗殺部隊のボスですね」

「てめぇ、さっさと失せろ」

大きな声ではないが、怒気を含んでいる事は十分にわかる。でも、どうして怒っているのかは私にはわからない。

「そうですね、失礼致します。またお会いしましょう」

「黙れ」

男はザンザスの態度を気に留めていないようで軽く脱帽しこの場を去っていった。

「ちょろちょろすんじゃねえ」

ザンザスが掴んだままの私の腕をさらにひっぱり、彼の顔と向き合う様にされる。
恒星のような、静かに赤く燃える瞳が私を捉えている。

「してないです」

さっきの事を思い出し、ムッとして言い返す。
ザンザスの眉がぴくりと動き、瞳に力がこもり始めた。

「口答えすんな、ここがどういうとこかわかってんのか」

自分は見ず知らずの女とべたべたしておいて、なんなんだこいつは。よく言うよ!

「あなたに言われる筋合いはないです」

「はあ?なめてんのか?」

腕を掴んでいるザンザスの手に力がこもる。瞳はより煌々と輝き炎が灯された様だった。
反抗的な態度を取ったものの、この彼の瞳射抜かれて命を奪われる様な気がしてくる。
怖い。心臓がキュッとするような感覚に陥り、思わず目を瞑る。

「・・・帰るぞ」

すとんと落とされた腕は血がのぼってしまったようでヒリヒリとするが、ザンザスは小さくため息をついて広間の方へと足を向けていた。
あのまま殴られてしまうかと思った。
きっとこれが義母だったら殴られていたかもしれない。腕をつかまれたせいなのか、彼の一瞬で燃え上がった瞳のせいなのか鼓動は少しだけ早いままだ。


そしてザンザスとこのドレスの色がお揃いであった事に気付いたのは、帰りの車の中であった。

「ええ!きらちゃん!今気づいたの?!」

ルッスーリアの悲しい声には思わずごめんねと言ってしまったが、ザンザスには不満しかないのは言うまでもない。
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