01.スパンコール・ラッシュの前触れ

これはザンザスときらが初めて会い、9代目を交えての昼食をしていた時の話である。

気にくわない話を持ってきたな、と連れてこられたきらを見つめながらザンザスは思った。彼女の父親が過去に9代目と縁あって今回の婚約に至ったというのだ。
珍しい話ではないが、まさか自分に持ち寄られた事をこの男が喜ばしく思う筈がない。
決定へのサインをした自身の父親に向けられた怒りの矛先がきらに向けられるのは、そう遠くない話である。

一方、きらはザンザスを見つめ恐ろしい男だと思った。
こんな男と婚約だなんて、既に行方知らずの父親は何を考えていたのだろうかと。
ザンザスの事はなにもわからないが、きっと彼の歩んできた人生がそうさせているのではないだろうかと推測しながら食事を取る。
そう思ってしまう程に、漲らんばかりの生命力がザンザスの顔から伝わってくるからだ。端正な顔立ちに傷がいくつかあったが、彼の男らしさを際立てさせる様な印象すらきらには感じられていた。すっと伸びた背筋、広い肩幅、それに映えるスーツはわずかに光沢があり高級そのものである。だが、特に、彼の瞳がきらを引きつけていた。
煌々と輝く赤い恒星が消えずに瞳になったのだろうかと考えながらリゾットを頬張るべく、視線を下へと下ろす。

食べる仕草は悪くない。

ザンザスは不思議ときらの食べる姿が悪くないと思えた。
時折、口紅が落ちるのが嫌なのか、ただ少食である自分を見せたいのか遠慮がちに食べる女がいる。まだ好印象かもしれない、と思いながらも、その気持ちはあっという間に自分の同意なしに婚約者を与えられた事への苛立ちで消えていく。一本の小さな蝋燭に着いたささやかな炎は一瞬で消えて行ってしまったのだ。
捕食者よろしく、ザンザスはいかにこの婚約を反故にするか考えながら、この退屈な食事を乗り切る事にした。

「気分が悪いのかい?」

きらは9代目に声をかけられ、誤ってガチャンとスプーンを皿へ落としてしまい、スプーンが皿を叩き大きな音をたてた。
9代目の流暢な日本語を聞きつつもきらはいつの間にか自身の過去へと旅立っていたのだ。ぼやけながらも穏やかで幸福だった幼い頃からまだ乾ききらない膿んだ傷跡の残る直近の日々までをだ。思い出さなければよいのに、うっかり思い出してしまうのはきらにも止められなかった。心と頭が全くいう事を聞かない。何度も何度も自分につけられた傷跡を覗き、苦しんでしまう。

「ごめんなさい。そんな事ないです」

2つの意味での謝罪だったが、9代目は特段深く気にも留めずぎこちない彼女に微笑みデザートをウエイターに持って来させた。
ザンザスは終始不機嫌な顔をし、デザートには手をつけずエスプレッソを啜るだけである。
誰がどこから見ても歪な3人だと思うだろう。会話は殆ど盛り上がらず淡々と食べ物だけが飲み込まれ、食べ物の味がするのかすらウェイター達からは疑問であった。
誰も寄せ付けない孤高の百獣の王を思わせる彼の息子、ザンザスにはきらはか弱すぎるのではないかとボンゴレ幹部からも疑問の声はあがっていた。きっとこの婚約は上手くいかないと誰もが首を横に振っていた。それでも、この決定はきらの家庭環境を知った上での9代目の判断である。
きら本人が自分のバックグランドをどう思ってるかはわからなかったが、人生の酸いを知っている広い視野を持てるだろうとの希望を持っていたのだった。

「叔母さんはどんな方だった?」

「・・・叔母は自分を愛せない人は他人に愛されないってよくいっていました」

1人目の母を病で亡くし、2番の目の母親との折り合いがあまりにも悪く叔母に引き取られたきらは歯に衣を着せない叔母を思い出す。
婚姻については複雑な気持ちを抱えていたが、こちら側からお断りをするだけの力がない叔母はきらの行く末を案じながらも婚姻の成功を祈り、彼女を送り出した。空港で涙ぐみ、手を振ってくれた叔母を思い出すときらは本当に自分には日本に帰る場所がないのだ、という悲しさに襲われる。

「素晴らしい言葉だね。」

9代目の柔和な笑顔がきらの強張った気持ちをいくらか落ち着かせる。
ザンザスが早くこの昼食会を終えたいと願う一方で、百獣の王に差し出された様なきらは終わらないで欲しいと願った。
自分を良く思っていないのが明らかな男と一緒に過ごすなんて耐えられなかったからだ。
ずっとずっとこの穏やかな時間が止まって欲しいと願った。食事中、殆ど目は合わないしきらに質問をしようともしなかった。そんなザンザスに何か聞けるだけの勇気をきらは持ち合わせておらず、気まずさばかりがベッドの隅にある埃みたいに積るばかりなのだ。

しかし、この時は誰もが静寂につつまれた昼食が突然打ち破られるとは思いもしない。

きらの持ち上げたカップが銃撃によって割られて、その後にザンザスと2人で幹線道路を彷徨い、車を奪うだなんて。誰も思いつかない程に穏やかな冬の昼時だったのだ。

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