21.ガーネットと桃色
パーティーで起きた事件は9代目の元へと報告が上がり、ヴェントファミリーについては同盟の解消と至った。
そして、パーティーに現れた女は青年の恋人であったという。また、彼がきらの前で話したザンザスの出自については何も知らず侮辱しようと思っただけだったと言質が取れ、この騒動は終了となった。その後の青年の事を知る者は誰も居ないのは言うまでもない。

しかし、その嵐の中に連れ込まれたきらは事件のショックから眠り込んでいた。
雪は降り続け、所謂ホワイトクリスマスとなった。ナターレは皆で楽しくご飯を食べましょう!と張り切っていたルッスーリアの努力もむなしく彼は切なげである。
任務も不思議と無く、幹部全員が珍しく揃った日々であったが静寂に包まれていた。

「きらちゃんが起きないと、静かねえ」

「仕方ないよ。大きな怪我がないだけ有難いよ」

マーモンはそう言ってパネットネーを小さく齧る。そうよねと溜息をつき窓の外を眺めるルッスーリアの姿をやけに寂しそうと思ったのはベルであった。

「ボス、またきらのとこ行ってんのかな」

「そうじゃないかしら?」

ルッスーリアの返事にふーんとベルは返しただけだった。

その通り、ザンザスはきらの部屋へ一日に何度も行っているのだ。
我ながらどうかしていると思っていたが、気が付けば足がそちらへと向いている。
しかし何度行っても静かに眠るきらが居た。医師によると意識が無いわけではなく、恐らく度々目覚めては夢遊病の様に水を飲んだりとしているという。
ならば何故、その瞬間に自分は立ち会えないのだとザンザスは少し苛立った。

きらが眠り続け、3日が経った。
幼い子供の様にザンザスは今日もきらのベッドの横に椅子を置き、彼女を眺めている。
じっと見つめ目が変になったのかわからないが、何故か少しきらのまつ毛が揺れた気がした。
気のせいだろうな、と腰を上げ額に口づけを落とした。
その時だった。眠れるプリンセスよろしく、ゆっくりと瞳を開けたのだ。

ぼんやりとする頭で驚いているザンザスの顔を捉える。


「ずっと、寝てた?」

「・・・ああ、ずっとだ」

ザンザスはそう言ってきらの手を取り握った。まるで自分の不安を消す様に。
本当に生きていると手に触れ確認したかったのだ。その一方で触れられるのを拒絶されるのではないかと不安に感じていたので安堵した。

ああ、大きな手だなあとしかきらは思わなかった。
時々目覚めていた気はするが、夢を見ていた様なはっきりとした記憶はないに等しい。
部屋は暖かく、ザンザスの肩越しから窓に視線を見やると木々は雪化粧を纏っている。
あの夜降っていた雪はやむことも無く降りつづけたのだろうかときらは考えた。

「悪いことをした」

まだ微睡みが抜けないきらを起こすのには十分な一言だった。
視線をザンザスに向けると、真面目な顔できらを見つめている。
驚いた、それが彼女の感想である。
この横暴な男が謝ってくるなんてと。何かの間違いか、いや私は夢を見ているのではないかと自分を疑った。深い海の底で眠っていたが、突然光が差し込み引っ張られる様にきらの意識ははっきりと覚醒したのだ。

「何て言ったの?」

「・・・悪いことをした」

聞こえなかった訳ではない。あんなにも自分を傷つけ、きらも十分彼を詰ったのだ。まさにスクアーロが思っていた通り反目し合った二人だった。
なのにこうして謝罪の気持ちを述べ、慈しみの眼差しを向けてくるのが信じられなかったのだ。そんなきらの気持ちを汲んだからこそ、ザンザスはもう一度同じ言葉を伝えたのである。
彼女が会場でああも取り乱し、混乱し命の危険に脅かされたのは自分の責任でもあるとザンザスは考えた上での謝罪だった。どの事に対しての謝罪なの、と言わなかったきらは今までの事に対してだろうと理解した。

「わたしも、詰ったのに」

「もういい。忘れろ」

きらの額の横からこぼれた髪の毛を払いながらザンザスは言った。
間も無くしてきらの胸にはなにかがせり上げ、瞳は揺れ始めている。
ああ、何度も何度も泣き顔を見たなとザンザスは少し悲しくなった。

胸にせり上げた感情が何かきらにはわかりかねていた。一つだけではない、悲しかった、怖かった、安心した、という気持ちがこんがらがって彼女の瞳を揺らしているのだ。
あんなにも疎ましいと思っていたのに、助けに来てくれた時は心の底から安堵した。
勿論、彼は死ぬと言われた時は眩暈が起こりそうなほどに動揺した。でもザンザスは当たり前に死なずに自分を助けてくれた。
感情の糸が沢山絡まっているが、今ならはっきりとわかる気がする。

「お前が無事で良かった」

ザンザスはそう言ってきらの手を自分の口元まで寄せ口づけをした。
あんなにも嫌い、もっともっと傷つけてやろうと思っていたのに今はどうだろうか。
こんなにも彼女の存在に胸を焦がしている。
出来るなら彼女を唇に自分の唇を寄せ、気持ちを伝えたい。でもきっと彼女は自分をまた怯えるだろう。それをするにはまだ早いだろうと考えた。
手に口づけするのがこの時のザンザスなりの、精一杯の愛情表現だった。

「信じられない・・・」

涙声でそういうきらにザンザスは指先にそっと口づける。これは夢なんかじゃない。ザンザスの体温が手を通して、そして唇からも伝わってくる。こんなにも彼の手は暖かいのか、ときらは幸せな気持ちになった。動いている筈なのに凍えてしまって、わずかばかりに動いていた心臓がしっかりと動き出している様だ。

嬉しくて目を細めると、流れ星が溢れる様に涙がきらの瞳の横へと滑った。
恐る恐るザンザスの手を握り返す。ぴったりと肌と肌が合わさって、吸い付く様な感じだ。
彼とこうして手を合わせる為に自分はやってきたのではないかと思う程である。
人と手を合わせて、ここまで幸福な気持ちになったのは初めてだった。このまま彼を引き寄せて、抱き寄せて眠ったらきっと気持ち良いだろうな、ときらは考えてしまう。

不思議とザンザスに対する恐怖心は殆どなかった。
ただただ、彼の赤い瞳を見つめていたいと思った。この愛おしく木漏れ日が溢れそうなこの瞬間を大切に大切に過ごしたいと。

もうきらの瞳は揺れておらず、雨が降った後の様に晴れている。
澄み切った濁りのない瞳で、その瞳に抗えないほどに吸い寄せられそうにザンザスがなっているのを彼女は知らない。ああ、このまま彼女の元へ覆い被さり口づけをしたい。そして、一緒に眠りたいとザンザスは思った。けれども、それにはやっぱりまだ早いと腰をあげて、体をきらの方へ寄せ、瞼の上に唇を落とすだけである。

ザンザスの赤い瞳を見つめ、きらは静かにほほ笑んだ。
この男が多くを喋らない事は今までの日々でわかっていた。言葉足らずな所も大いにあったがこの日ばかりは彼の慈しみの気持ちを存分にきらは受けていた。

側から見たら幸せでいっぱいな二人なのかもしれない。でも、この世界で彼と添い遂げるにはローズペタルなど踏めないだろうときらは思った。あのパーティと同じ様に心乱れる日もあるだろう。いいや、ローズペタルなど踏めなくてもいい。彼となら茨の道でも、靴を失い、足の裏が傷だらけでも、強い雨に打たれ、顔が前に向けれなくても、私は彼とならば大丈夫だときらは思えたのだ。

「助けに来てくれたのがザンザスさんでよかった」

「ああ」

おもむろにザンザスの手をはなし、彼の頬にきらは手を添えた。どこか知らない過去で負ったであろう傷をそっと撫でる。自分がいつか知る事ができる傷跡なのだろうか、と思ったが今はそんなのどうでも良かった。

そしてザンザスはきらのその手に自身の手を重ねた。自分の手よりも小さく力のないこの手を愛おしいとザンザスは思い、瞳を閉じてきらの手に意識を集中させた。

この時にやっときらは心臓が燃え焼ける様な恐ろしい感情が自分を襲ったのは、きっと彼に対する思慕故だったと気づいた。
恋心と呼ぶにはまだ早いかもしれない、それでもザンザスにずっとずっと手を握って欲しいと思う気持ちは嘘じゃない。
その燃え焦げる気持ちの理由を説明するには、十分だときらは思ったのだ。


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