09.バニラの風が吹く

クリスマスを迎える準備が進んでいる。
玄関には立派なモミの木がやってきて、扉にはクリスマススリース、暖炉の上には靴下がぶらさがり窓にもスノースプレーでサンタクロースが描かれた。
廊下に生けられる花々には松ぼっくりがささり、所々金のりんごも置かれている。
浮足立つ空気がヴァリアー邸にも立ち込め、私も漏れなく浮足立ってしまう。

上達しないイタリア語、教養として学ぶマナー、音楽や美術、文学にオペラと言った芸術、ヴァリアー幹部が教えるマフィア史、そんなことをしながら過ぎる日々。
レヴィの時は真面目すぎて、申し訳ない事に時々眠ってしまう。

そんな今日はベルが担当だったのだけれども、焚火をすることになった。
マフィア史は特に聞けず庭でベルとマーモンとマシュマロを焼いていたのだ。

「は?暖炉じゃなくて外のが雰囲気あんじゃん」

ベルにそう言われてブランケットを抱え庭へ飛び出した後は楽しくてあっという間だった。
任務でやるときあるからな、と言っていた通りティアラに似合わず手際よく落ち葉と薪を使った焚火が庭で完成した。でも私の記憶の中に強く残ったのはマシュマロだ。
火で炙ったマシュマロはとろとろになり、焦げ目はパリパリとして美味しい。何より、マシュマロを小さく食べるマーモンが可愛くて癒された。
ベルの言う通り、外でマシュマロ焼くの楽しかったなぁ。勉強はしてないけど。

フェイクファーのブランケットを談話室に戻さなくては、とクリスマスの飾り付けに勤しむ使用人たちの間を縫って歩く。

縫って歩いて見えた先のにある談話室の扉を開けると、驚く事に本を読んでいるザンザスがいた。
気まずすぎる。私達は付きまとわれ事件の日から口をきいていなければ、歩み寄る事もない。
今年最後のボンゴレと同盟ファミリーで行われるパーティーで婚約者である私を紹介するというのに、こんな仲の悪さでいいのだろうか。周囲から寄せられる期待に気付いていない訳ではない。けれども本を読んでいる彼にとってはどうでもいいのかもしれない。

ちらり、と彼を見遣ると分厚い本を持ちテーブルには今日の新聞が置いてある。
勿論どちらもイタリア語だ。こんなに分厚いの読むんだ、と横目で見ながらブランケットをたたみ、カゴにいれた。
ザンザスは私が入ってきた事は気にしてない様で、ソファーにふんぞり返る様に座り真剣な顔をして読んでいる。今日は前髪をおろしているから、仕事がなかったんだろうな。
もうこのまま無視したまま談話室を出よう。

「おい」

取っ手に手をかけた時だった。嫌な汗が背中をつたい、奥歯に力をいれて振り返り首をかしげてみせる。私に何の用ですか、という表情を込めて。

「葉っぱだらけだぞ、お前の頭」

てっきりまた言いがかりでも付けられるのかと思っていたので意表をつかれた。
鏡の無い談話室で、ぴかぴかに磨かれたグラス置きの棚の前に立ち枯葉を急いで取る。
想像以上に葉っぱだらけで驚いた。ブランケットから頭が少し出ていたのだろうか。焚火の気持ちよさに、寝転び少し眠ってしまったのだ。

絶対ベル気付いてたのに、教えてくれないなんてひどい!

「間抜けだな」

「・・・どうも失礼しました・・・」

ふんと馬鹿にしたように私を笑ってくる。ああ、この人も一応笑うんだ。
そういえばザンザスの笑顔って見たことないかもしれない。
見たとしても怒っている時の表情ばかりだった気がする。
いつも表情を崩さないで、何を考えているかわからない人だ。

いや、そもそも私は何も彼の事を知らない。

何が好きで、何が嫌いで、どういう本を読んでて、どういう映画が好きだとか。
どんな子供時代を過ごしていたのかとか、私は何も知らない。

本をめくろうとしている。きっとそのページの最後の数行を読んでいるのだろう。
よくよく見ると、背表紙から読み込まれている事が伺える。

「それ、好きなんですか?」

「・・・知ってんのか」

「いいえ・・・」

私の問いかけに顔をあげ、答えてくれた。赤色の瞳がこちらに向けられる。

「14世紀の北イタリアが舞台で、修道士たちが怪奇事件を解決する話だ」

「へぇ・・・」

自分には情報量の多い説明だった。世界史と芸術史があまりにも苦手だったのだが、これは大学受験レベルの教養なのだろうか。

『御曹司だからな』

ふと、スクアーロの言葉が思い出される。
きっと幼い頃から今私が学んでいる事を教えられていたのだろう。あんなにも乱暴なのにやっぱり育ちがいいんだなと実感する。


「人の顔じろじろ見てんじゃねぇよ」

「わ、ごめんなさい」

ザンザスに聞きたい事があったのに中々言い出せず、無言のまま彼を見つめた事を咎められた。

「その、違うの。私達お互いの事何も知らないなと思って」

だから私は彼に何の本だったのか聞いてみたのだ。聞いたところで上手く理解は出来なかったが。

これから人生を一緒に歩んでいくのに相手の事を知らないなんて、寂しいと思ってしまったのだ。
しかしザンザスからは何の言葉も返ってこない。長い沈黙が訪れた気がした。実際は彼が2回瞬きをしただけなのに、酷く長く、重い沈黙に感じられたのだ。
やっぱり彼はどうでもいいんだろうか。こんな親の決めた婚姻、こんな女願い下げだと思っているのだろうか。
自分だってこんな男なんて嫌だと思っているのに、いざその状況になるとこんなにも遣る瀬無い気持ちになのかと、どんどん気持ちが滅入って前が見えなくなる様な感覚になった。


「そうだな」

「え」

「何も知らねえよ」

ばたん、と本をテーブルに置きザンザスはそういった。
彼は本当に私を願い下げだと思っていると決めつけていたので、耳を疑った。
目線を彼に移すと、かちりと視線が合う。
テレビもラジオも流れていない談話室なのに、廊下からクリスマスソングが聴こえる。

私だけかもしれないけれども、この時初めてこの、暴君と心が通い合った気がしたのだ。
今、この瞬間の彼の瞳は今までと違って温和な印象を受けた。
無理やりされそうになった時の怒りや憎しみが籠った眼差しではなかった。
言葉では何も感じ取れていないが、彼も私と同じように思っている、そんな風に思える。

「じゃあ」

「きらーーー!ホットワイン出来たよ!あ、やば」

じゃあ、どんな子供時代だったの?

その質問はベルの登場によって聞けぬまま今日を終えてしまった。


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