調査_寒がり屋の剣士


「ねむる様と仲が良かったと聞いているのですが」

「だったかもしれねえなぁ」

スペルビ・スクアーロが空いていると言っていた金曜日の午後ですが、そうではなかったようです。ボンゴレ本部に報告事があったらしく、彼の愛車に乗せられて向かう先は別の支部です。そこは本部の次に大きな支部で、同じように調査部門の机も構えているのでそこまで連れて行く道中で査問しろ、というのが彼の提案でした。時間が惜しいのはこの調査員も同じなので、提案をのむ事にしたのです。ちなみに調査員は別に支部に用事はありません。

「だった、というのは」

「ねむるは死んだだろぉ」

冗談なのか本気なのかわかりません。
彼は酷く急いでいるようで、アクセルを踏んでは自分より前に走る車に対して退くように前方右側のライトをはたきます。

「あの、速度が」

「お前の仕事は調査じゃねえのかぁ」

前方車両が一台、また一台と退いていく様を恐れながらも調査員は頑張って言葉を紡ぎました。

「どうしてねむる様と仲良くなったのですか?」

「仲良くなるのに理由がいんのか」

「何かきっかけとか」

「知らねぇ」

調査員はそんな、と言いたい所でしたが急カーブに差し掛かりラップトップを支えるので精一杯です。よっぽど急いでいるのでしょうか、それともわざとなのでしょうか。

「一番聞きたい事はなんなんだぁ」

まどろっこしいのは嫌いだ、と言わんばかりです。ちらり、と向けられたのは肌寒そうな灰色の瞳です。いくつかのカーブを越えた頃、スペルビ・スクアーロは邪魔そうだった長い前髪をかき分けます。そうえいば彼の髪の毛はザンザスに仕えてからずっと長いままでした。ここで調査員は事前に用意していなかった疑問が浮かび上がります。

「・・・ねむる様はザンザス様を変えましたか?」

ザンザスの強い怒りに惚れてずっと今日まで側に居るのです。この剣士だからこそ見えるものがあるのではないか、と思い質問をしました。スペルビ・スクアーロの眉間に僅かに皺が寄ります。一つ目の高速道路を抜けて一般道におりて、車線が一本になった頃スペルビ・スクアーロはやっと口を開きました。

「変わる訳ねぇだろ。あいつはあいつだ」

だって、ザンザス自身の怒りの炎はねむるが現れた所で潰えるようなものではありませんでしたから。どこかの国の、昔々の王様のように妻によって精神的な安寧を手に入れて幸せな日々を過ごしたと思っているのでしょうか。だとしたら大層幸せだ、とスペルビ・スクアーロは心の中で鼻で笑います。ヴァリアー城にやってきたねむるは城主であるザンザスに大層悩まされました。どんなに彼女が彼を理解しようとしても、自身の境遇を重ねても、それがザンザスの胸の炎を小さくする助けにはならないのです。彼の炎の行き先は彼が決めるのだと、自分はそれに従うのみだとスペルビ・スクアーロは思い続けて今日があります。たとえ変わっていたとしても、ボンゴレの人間にべらべらと喋る気などありません。調査だなんだの、そう言われても彼らにもいくらでもかわす手段も方法もあるのです。ザンザスが騒ぎを起こすな、と言っていましたが、ザンザスが望むなら今ここで上手い事騒ぎを起こしても良いのです。

ザンザスとねむるの、二人の関係をべらべらと話すくらいなら、起してしまった騒動の始末をつける方がよっぽどましなのです。

「ねむる様は苦労されたという事でしょうか」

「ねむるじゃなくても苦労はすると思うがなぁ」

ねむるがザンザスのことを好きだったのは知っています。彼とデートが出来るかもしれない、と喜んでめかし込んだのにすっぽかされた日も、彼女がザンザスと酷く揉めて大泣きしていた事も、大事にしていたヴィンテージの置物を割られてしまったのも、全部全部スペルビ・スクアーロは知っています。覚えています。よくもあそこまで好きになれる、と思う事もありましたが、自分だって彼の怒りに惚れ込んで髪の毛まで伸ばしています。類は友を呼ぶと言うように、だからスペルビ・スクアーロとねむるは気が合ったのかもしれません。別に二人でザンザスの良さを共有しあった事はありませんが、恋煩うねむるの相談を幾度なく乗ったのは紛れもないこの男なのです。

「じゃあ、ザンザス様はねむる様を愛していましたか?」

二つ目の高速道路の入り口に入ります。いくつかある料金所で空いている方に向かおうと車が疎らになります。しかし、自動決済専用レーンなのに、その決済装置をつけていない車いたようでクラクションが数台前から聞こえてきます。

「愛してる?」

「そうです」

調査員は調査が上手く進まない事に焦っているのでしょう。
スペルビ・スクアーロは肘置きに肘を置いて、動かない前の車両を眺めながらしばし考えます。その思考に白い裾が月明かりの様にかかり彼の思考の行く先を邪魔をします。白い裾の正体はねむるの白いドレスの裾でした。列席者は殆どいない小さな挙式でした。せめてものと挙げられた式で、ザンザスの笑顔も誓いのキスもありませんでしたが、ずっと好きだった男の側に立てたねむるは大層嬉しそうでした。それにザンザスは気付いていましたが、ずっと無視をしてきました。彼はねむるにまだ愛情などない頃だったからです。

いつからだったでしょう、ザンザスがねむるに好意を寄せ始めたのは。
いつからかははっきりと思い出せません。でも、確かに彼はねむるを愛していました。
二度のクーデターの失墜でも潰えなかった激しい炎が、少しだけ息継ぎをするようにねむるの側に寄りそうようになったのです。

『私は彼を救える程の人間じゃないから。いいの、彼が家に帰ってきてくれれば』

彼女の慎ましさがザンザスにとって居心地が良かったかもしれません。
それでも、彼が時折胸に抱えている炎に苦しそうにしている時は誰よりも胸を痛めて、彼を大事に大事に抱き締めていたの光景をよく覚えていました。何せその日は久しぶりにザンザスに強く殴られた時でしたから。しかも、ねむるの目の前で。


「     」

「すみません、なんて?」

スペルビ・スクアーロが強くクラクションを鳴らしながら何か言いました。
料金所の所でまだ、自動決済装置を積んでいない車がいるのです。

「もう一度、お願いします」

「なんだぁ!!!」

けれども調査員の声は届きません。スペルビ・スクアーロの部下の電話によって調査は途絶えてしまいました。そして結局、支部に着くまでにした質問の答えはどれも抽象的で調査員はもっと頭を抱える結果となっただけでした。

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