目撃_小さな麦星


調査員はほとほと困ってしまいました。
いくら彼が調査、尋問などを専門としているとは言え、ヴァリアーの幹部のそれには長けていました。必要な訓練をきちんと経ている上に、今回の調査内容が余計に彼らの言葉を導きにくくなっているのです。

二週間後の今日、本当なら今は査問中でした。ルッスーリアとの調査でしたが、帰り道で事故に巻き込まれたの、と横転した車の写真が送られてきました。中止です。調査員が肩を落として、お気をつけて、と返信をしてから部屋を出て駐車場に向かおうとした時でした。

「ベスター!まってー!」

子どもの声が聞こえます。声がした後ろへ振り向けば、真っ赤な瞳をこさえた子どもが2人いました。そしてきっと、ベスターと呼ばれたのは匣兵器であろう白いライオンだろう、と調査員は思いました。
ベスターは子ども達より少し前を歩いています。どこか煩わしそうな、不機嫌そうな顔に見えます。そこに、男の子が駆け足で寄っては思い切り抱きつきました。女の子も負けじと後ろに抱きつけば、ベスターはガウ、と短く低く吠えるではありませんか。牙を見せて、子ども達に噛み付くようなふりをするのです。
調査員は心臓がひやり、としました。もしかして噂は嘘ではないのでは?と。匣兵器は持ち主の心をうつすと言いますから、本当に妻を愛していなかったのではないか。明日以降の調査内容を変えた方が良いかもしれない、と思っている調査員と裏腹に、また明るい声が聞こえます。

「ベスターのおこりんぼー!」

「ベスターいたかった?」

ベスターは子どもの問いを無視するように、体を捩ります。双子の彼らは渋々離れると、先程よりも足取り大きく、重く、階段へと向かっていきました。

「ベスターおいていかないで!」

「ダディのところいこうよ!」

「ダディはおきてないよ」

「おきてるよ」

双子同士は互いの赤い瞳を見つめあって、ああでもないこうでもないと議論をしました。でも、興味はすぐに逸れていきます。

「トントンだ!」

「レヴィはトントンじゃないよ!」

その興味の対象は下から階段をのぼってきているようです。トントンと呼ばれたレヴィは、何事だ、という顔をしています。でも子ども達はなんのその、のぼり切ったレヴィに先程と全く同じように飛びつきました。ぬお!と声がしましたが、日頃の鍛錬のおかげでしょう、問題なく受け止めます。

「ダディのところにいくの」

「そこはパパンだろう!」

「ダディなの!」

英語で呼ぶのが不満なのでしょうか、レヴィは訂正させますが子どもらは聞きません。

「マミーがそれでもいいっていってたもん」

双子の女の子が手に持っていたリボンをレヴィの顔に向けてはたきます。彼はやめて欲しそうでしたが、残念ながら両腕は塞がっています。なんとかせめて、顔をそらしてみせます。それが面白いのか女の子は笑いながら余計にはたきます。一体誰の行動を見て覚えたのでしょうか。調査員には検討もつきません。でも子どもはこうやって新しくて面白い事を見つけるな、と思いました。

「・・・ザンザス様とねむるの教育方針なら仕方ない・・・」

そう言ってからは、子ども達は嬉しそうに笑いながらベスターどどうやって追いかけっこをしていたか話し始めました。
子ども達の賑やかさが遠ざかれば調査員はぽつり、静かにその場に立ち尽くします。
彼が家庭をもつなんて、と調査員は半ば信じられないようです。今回の調査理由となった噂の真偽は別にして、ザンザスが子を成して一人の伴侶と愛し合う姿は想像し難いものでした。調査部門に所属していますから、彼が起こしたクーデターの調査に携わる事はなかったものの、彼の人物像はよく聞いていました。傲慢だ、他人を思い遣る気持ちもない、自分を誰よりも偉大だと思っている、そんな言葉を調査に携わる人間から聞いていました。だから、とんでもない男なのだとこの調査員は長年想像していたのです。

あの穏健な九代目からは想像もできない、と。

ぼんやり、いなくなった子ども達の姿を眺めていたのをやめて調査員は頭を振ります。
スマートフォンを取りだしてレヴィと子ども達の様子を書き留めます。
短く簡潔に打ち込んだところで、画面に通知が浮かび上がりました。

四日後の金曜日午後なら、とスペルビ・スクアーロからの連絡からでした。


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