09:とろけた視界に広がる世界
空は分厚い紙がくったりと湿っている様だった。

箱を二つに重ね、右隅の方だけ下から天井まで大きく割ってガラスを嵌めた様なペンションで私は夜のおやつを食べていた。食べない方がいいのに、スイスのチョコはそれを許してくれない。
ぴったりと嵌められた窓には大きな雨粒が途切れる事なく打ち付けられ、外に生い茂る緑には止めどなく水を浴びせている。

こうも空がよく見えると幾ばくかこの雨は怖い。晴れていればこの窓から日差しが入って、猫も人間も心地よく眠りたくなるだろう。それでも今日の天気は人を不安にさせるものだった。

春にしては珍しく強く冷え込み、暖炉をつける次第となった。ザンザスはその暖炉の前で新聞をずっと読んでいる。いつも上げている前髪がおりるのは彼がお風呂に入った後だけだ。長い前髪を時折邪魔そうにかきあげているが、前におりてきてしまうらしい。

3つ目のチョコの包み紙を開けようとしているところだった。空が鳴き始めている。雷だ。でもさっきから鳴いていた気もする。曖昧だけどまだ光と音は一緒にやってきてないしと春の嵐を眺める事を決める。

「上にあがる」

「寝るんですか?」

時間はまだ夜の8時を回ったばかりだ。寝ずの任務が続いたのできっと眠いのだろう。まだ少しここにいます、と言った時だった。
大きなフラッシュが嵌め込まれた窓から室内に届く。そして同時に咆哮が辺りに響き渡った。まるで恐竜がこのペンションに向かって威嚇をしている様だ。びりびりと建物が揺れたと思うのは錯覚?私が脚を跳ねあげて驚いたせいで膝の上からチョコは滑り落ちた。

こんなに大きな雷聞いたことない。怖い。ザンザスさんの方を見るも新聞を四つ折りにし終えたところだった。
そしてまた自分の背後の窓から強い光が入り込んだ。だめだ、ここにいれない。ザンザスさんと一緒に上に上がって早めに寝よう。あれ、でも、腰に力が入らない。

「あの、ザンザスさん」

待って、グラスを持ち上げて階段の方へ足を向けないで!私の声に続く様に雷がなり振り返った彼は眩しそうに目を細めた。

「腰が抜けて、立てないんです」

私の言葉を聞いて呆れた様な驚いた様な表情をする。暗殺をしていれば雷なんてどうってことないのかな。いや、そもそも雷を司るレヴィが仲間なら怖いなんてないか、と考えた頃にはザンザスさんに横抱きにされていた。
そういえば前もこういう事があった。ああ、
ナターレ前のパーティの時だ。
持ち上げられた際の彼の筋肉の動きが伝わる。こういう力の強さに異性であることを感じてしまう自分はおかしいのだろうか。
階段を上がり始める時に、高い位置で上下するのが怖くなり思わず彼の首に腕を回してしまう。
彼の肩越しに窓を見やると、またひときわ大きな雷が鳴り驚きから腕に力を込めてしまった。ぎゅうと近づいた首元から伝わる温度は高い。こんなにも私はびくびくしているのにザンザスさんはなんてことない様だった。

彼の逞しい腕に軽々と持ち上げられ、あっという間に2階へ上がった。
部屋に入り、ベッドの上に置かれる。
首から腕を解く前にザンザスさんが私の唇に口づけを落とそうとした。本当にあと少し、私がちょっと頭を本当にわずかにあげるだけで口づけが出来る程の距離なのに、大きな雷のせいでそれは叶わなかった。反射的に腕を自らほどき、遅いけれども耳を塞いでしまう。
空が咽び泣いているのに、何か大きな恐竜が怒っている様に聞こえた。

「そんなに怖いか」

「怖いですよ・・・」

部屋の電気がついていないから私はザンザスさんを捉えるのに苦労を要しているが、慣れている彼はずっと私の瞳を見ているのがわかる。

あ、笑った。

はっと息を吐くような短かい笑顔だった。
あんまり彼の笑い声は聞こえないし見たことなかった。
それでもこうして、ふとした時に笑ってくれるのは彼が私に心を許している証だと思ってしまう。
自分の顔の横に手を伸ばし、彼の手の甲に触れた。大きな手を私の手で覆うことはできない。

すると彼が少し頭を左に傾け、唇を落とした。私も傾けたのを感じ取り目を瞑った。
まるで合図を待っていたと言わんばりの口づけだった。
ザンザスさんは私に覆いかぶさっていて、枕の横にあった手が頬へと移動してくる。
脚を割られてはいないけども、これってもしかして、やめたほうがいいのかなでも、と生クリームの下にある艶めかしいぶどうのゼリーに気づきつつも、ただ口づけに翻弄されてしまった。どうか艶めかしいゼリーはまだ出てこないで。

小さく私の唇を啄む音がする。角度を変えて何度も何度も唇を彼は楽しんでいる。
日頃、皆の前で乱暴な態度を取っている彼がこんなに優しいだなんて信じられない。

「ふあっ」

自分の好きな人とする口づけはどうしてこうも苦しいのだろう。鼻だけでしか呼吸ができないから呼吸が少し苦しくなるのは当たり前なのに、どんどん相手の唇を求めてしまう。まるで彼の唇を介して呼吸をしている気がする。
ザンザスさんと触れ合うのが恐ろしいと思っていたのが嘘みたいだ。こんなにも、ぽんやりと、幸せな気持ちになるなんて誰も教えてくれなかった。

体を起こそうとするザンザスさんのシャツを引っ張る。恥ずかしいのは恥ずかしい。でももっと口づけをしてほしいと目で訴えてみる。夜闇に慣れてきたおかげで彼の様子がさっきよりもわかる。勿論、明るかったら私はこんなこと出来ない。

「なんだ」

「・・・もうちょっとだけ」

「やけに甘えるな」

でもザンザスさんは嬉しそうだよ、と言えたら面白いのに。彼はまた体を下ろして私に口づけをしてくれた。ベッドの軋む音がする。
ああ、やっぱり好き。彼の夜闇に混ざる黒い髪も、燃える様に赤く輝く彼の瞳も、転がっている私の手を握ってくれる大きな手も、この肌が吸い寄せられる感じも、彼の口づけの仕方も、唇と唇が合わさる感覚も、唇から通して伝わる彼の温度も、少しだけかかる彼の重みも、全てが私を惑わしていく。判断力なんて既に熱に負けたチョコレートの様に緩やかに溶け出してしまった。

外は春の嵐で空の咆哮はまだ続いているけれども、彼の腕の中に勝る場所はない。
ずっとこのままで、この幸せな気持ちを抱いたまま眠りにつけたらいいのに。

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