10:愛するよりも愛されるのが下手なだけ
きらは夢を見ていた。宗教画できっと天使が乗るような、天使が現れるような、そんなパウダーピンクの雲の上で眠っている夢だ。
雲はふわふわと厚く暖かくて目覚めるのが惜しいほどの心地よい。天使ってなんて贅沢で幸せなんだろう、と夢の中で思った筈だ。なのに、目はぱちり、と開かれた。
横向きのきらの体の上には腕がある。そう、後ろからザンザスに抱え込まれているのだ。
ぱちんと大きく手を叩かれたかのように視界はクリアになり、きらは全てを理解した。
そうだ、私はザンザスさんに一緒に寝ようと言いたげな誘い方をしたのだったと。

恥ずかしくなり、パウダーピンクの雲の夢を思い出すのもそこそこにベッドからこっそりと抜ける。暗殺を生業とする人間の職業病かもしれない、ザンザスは僅かな彼女の動きを感じとりとっくに目覚めていた。暖かなきらのぬくもりが残る布団を少し引き上げ、今一度目を瞑る。

昨夜は春の嵐が窓を揺らす中、きらはザンザスの口づけを喜んで受け入れていた。
彼女が思う通り昨夜の雰囲気は危うかった。きっときらが可愛らしく少しでも艶のある声をあげていれば、事は行われたかもしれない。事実、何度も何度も口づけを交わしていく内にきらの思考はとろりと溶けていたし、ザンザスも自分の中で小さな灯火が大きくなっていくのを感じていたのだ。いくら男と一つのベッドに入った事がないきらでも十分わかることだった。いつ二人を囲む薄葉紙が情炎の炎で燃えてしまってもおかしくなかった。
それに、今までのザンザスなら口づけの呼吸に合わせて、パジャマの中に手を滑らせていただろう。けれどもきらの肌に触れなかったのは彼女の待ってほしいという気持ちを尊重したかったからである。

『このまま寝ちゃいそう』

『寝たらいいだろ』

ザンザスも徹夜続きの任務のせいと、きらから得た安心感で今にも寝てしまいそうだったがきらが眠りに落ちるの見届けてから自分に当てが割れた部屋に戻ろうと決めていた。
眠気をこらえるのは得意だ。そうでなくては任務の遂行は不可能である。

『・・・一人で?』

『そんなに怖ぇかよ』

少しだけ、と腰を抜かしておいて意地を張っているきらにザンザスは額に口づけをして無言で彼女を抱き寄せる。嬉しい、ときらが小さく囁く。ただ添い寝をするだけでここまで喜ばれる事があっただろうか。明らかに今まで出会ってきた女とは毛色の違う彼女に新鮮さを覚えつつも、戸惑いを感じずにはいれなかった。その反面、今まで感じてきたことのない高揚感をザンザスが包んでいく。
暗闇の中で見えるきらの瞼はすごく重そうだ。瞼が下におりきるのに時間を要している。ザンザスは彼女が自分に安心しきっているのを嬉しく思った。

『おやすみなさい』

最後の方は殆ど聞こえなかったが、ザンザスも返事に額に口づけを落とし眠ったのであった。


「キスだけだなんて、ボスも我慢したのねぇ!」

小指を立ててきらの話を聞くルッスーリアは上機嫌だ。自分のお気に入りのカフェで愛する二人の恋の話が聞けるなんて、と嬉しいのだ。
大雨により一掃された青空は雲一つない。テーブルの上に置かれたチョコレート味のジェラートは今にもお皿に垂れそうである。昨日の私の脳みそみたい、と恥ずかしさで穴に入りたいきらは自分の中で感想を述べた。

「・・・やっぱりそうだよね・・・」

「ボスを我慢させるなんて罪な女ね〜。イタリア中の女が親指を噛んで悔しがるわ」

おほほ、と笑う彼にきらは何も言えなくなってしまう。
一緒に寝たかったのは本心であるが、結果彼のその先の気持ちに応えられなかった事に自責性を感じてしまっているのだ。
ザンザスもれっきとした健全な青年である。自分の心から想う女に求められて反応をしない訳がない。きらも重々その事は理解しているが頭と心で感じるものは一致しなかった。

「まっ、でもここまでボスがきらちゃんを待つのは本当に大事にしたいからね」

ルッスーリアがきらの頬に口横についたジェラートを拭いながら言う。
ごめんなさい、と彼女は言い慌ててナプキンを口に当てた。


「ボスに待ってもらえばいいのよ。それよりも自分の気持ちを大事にしなさい」

きらはサングラスの下でルッスーリアがウィンクをしている気がした。
ルッスーリアはザンザスと関係が良好なきらを心の底から喜んでいたのだ。
あの自分たちの愛する暴君が、ここまで一人の女に想いを寄せ大切にしている。
そしてその一人の女であるきらは、ザンザスによってみるみるうちに美しくなっていた。
ルッスーリアはこれ程に喜ばしいことはないと思っているのだ。


そんな二人は歩み寄り始めてから半年も経っていない。きらはきらで、周りの友人に詳しい事情を話せていないが、3か月付き合ってもまだなんだ、という嘲笑される様な扱いを受けたりもした。しかし、ルッスーリアの言葉を聞き、彼女はいくばくかほっとした。
ザンザスが自分を待ってくれるという自信も彼女の中に芽生えている。

彼には悪いがもう暫く気持ちに踏ん切りが付くまで待ってもらおうかな、ときらは最後の一口のジェラートを頬張った。


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