大谷羽鳥
それは、いつも通りの営業を終えて、看板もクローズにしてひとり片付けを始めようとしていた時だった。




カランカラン




「!あ、すみません!本日の営業はもう終わって・・・げ。」

「ははっ、げって酷いなあ。」

「羽鳥・・・。」



そこに居たのは大谷羽鳥。
なんかIT関係の会社の取締役?かなんかやってるらしいんだけど・・・、



「もう店仕舞いなんだけど?」

「俺と名前の仲じゃん。」

「それこそ関係ないわ。帰って。」

「酷いなあ。傷付くよ。」



ヘラヘラとちっとも傷付いた様子を見せずに笑ってるこの男。
そう、所謂・・・元カレってやつです。



「どう、最近は?お店順調?」

「ちょっと、何座って!」

「名前に会いに疲れた身体に鞭打って来たんだから、座るくらい許して欲しいなあ。」

「・・・。」



私と羽鳥が付き合っていたのはもう何年も前。

よくある話で、共通の友達の紹介で知り合って、口が上手い羽鳥とその頃からイケメンには弱い私はすぐに付き合うようになった。
羽鳥はやっぱりその時も女の子の扱いが上手で、平凡な付き合いしかしてきた事なかった私はもう奴にメロメロ。

だからお互いに学校を出て、社会に出て、それぞれ仕事とか修行とかで今までのように時間が取れなくなって擦れ違いが増えて。
他の女の子の影がチラつく羽鳥に、余裕が無い私が耐えられなくなって別れを選んだってわけ。

私が「別れよう。」って切り出しても、大して驚いた風もなく「そっか。」って答えるんだし、きっと羽鳥の中では大勢のうちのひとりだったんだろうなぁ。

まあ私もその後は修行なり独立なりで忙しくて、もう羽鳥に未練なんてこれっぽっちも無いけどね。

羽鳥も羽鳥で、たまぁに思い出したように店に来るけど、一ミリも気にしてる様子が無いから私も気にせず羽鳥から売上げを巻き上げる事に徹してる。



「昼間も通ったんだけど、お客さん結構入ってるみたいだね。」

「まぁね。てゆうか、営業時間に通ったならその時に来なさいよ。私、今から仕込みとかあるんだけど。」

「だってそれだと、名前とふたりになれないじゃん。」

「・・・。」



羽鳥は口がうまくて、女の子ならホイホイ声をかけるような軽薄な奴だけど、こんな風に強引になることはない。
付き合ってる時だって私の都合を無視するような事はしなかった。



「あ、この曲懐かしい。昔名前とコンサート行ったよね。たしか桧山にチケット貰って。」

「・・・そうだね。」


まだ消してなかった店内BGM。
そこから流れてくるクラシックを聞いて、羽鳥が楽しそうに話始める。


「名前、クラシックのコンサート初めてで緊張してたよね。何度も俺に服の相談してて可愛かった。」

「・・・。」

「名前はあの時からお菓子作り得意だったよね。俺の誕生日がバレンタインだからチョコ使った「ねえ。」

「ん?」


羽鳥の言葉を遮る。
知ってる。
羽鳥は、絶対に人に言わないから。


「何かあったの?」

「・・・なんで?」


笑顔は崩さない。
でも知ってる。
疲れてる時、悩んでる時、怒ってる時。
笑ってても、好きで、いつも一緒に居たから分かったんだよ。

悔しいけど、別に好きじゃないけど、今でも分かっちゃったんだよ。


「言いたく無いなら良いけどさ。でもバレバレだから。」

「ははっ、さすがは名前だ。愛の力?」

「バカじゃない?」


ひとりで溜め込むから、苦しくなるんだよ。
でも羽鳥は絶対にそれを人に見せない。
昔も今も。


「はい。」

「?・・・これ。」

「好きだったでしょ。」

「店仕舞いじゃなかったの?」

「・・・サービスだし。」


だから私は紅茶を出して、羽鳥が美味しいって言ってくれてたケーキを出して、少しでも羽鳥を煩わせてる事を今この時間だけでも忘れさせてあげる事だけしかできない。


「・・・美味しいよ。」

「当然でしょ。」


羽鳥と別れてからどれだけ私が頑張ったと思ってるの。
めちゃくちゃ美味しいわ。


「でも俺の好きなケーキをグランドメニューにするなんて、名前もよっぽど俺が好きなんだね。」

「なっ、的外れもいいとこよ!人気メニューだから置いてるだけよ!!」

「ははっ、照れてる名前も可愛いなあ。」

「羽鳥!!」



こんな軽い奴、もう好きじゃないしなんとも思ってない。
本当に未練なんてこれっぽっちもない。

だけど、羽鳥が好きで付き合っていた時間は忘れられない。
楽しくて幸せで、ツラい事もあったけど、大切な思い出。

だから、他のお客様と同じように、羽鳥にも元気になってもらいたかったの。


「よし、じゃあ帰ろうかな。」

「そうして。」

「寂しい?」

「ばか!」

「ははっ。」


やっぱりムカつく。
でも、悩んでる羽鳥よりムカつく羽鳥の方がマシ。


「・・・今度は営業時間に来てよ。」

「えぇ、どうしようかなあ。」


立ち上がった羽鳥は帰ろうとしてた足を再び私の方に向けて私の腕を掴む。
ぐいっと引き寄せて一気に私と羽鳥の距離が縮まる。


「は、羽鳥っ、」

「ねぇ、名前。」

「っ、」


何回か見たとこある羽鳥のこの目。
私はこの目を知ってる。







「今でも名前を好きだって言ったらどうする?そもそも、俺は別れる事に了承はしてないし?」





本気の、羽鳥の目。


「な、だって、分かったって・・・、」

「そっかとは言ったけど、分かったなんて俺は言ってないよ。」

「そ、そんな!屁理屈っ、だって、だって、」

「ねえ、名前も俺の事、まだ好きなんでしょ?」

「っ、」


わ、私は・・・
私は・・・、羽鳥の事・・・



「なぁんてね。」

「っ!?」



パッと手を離されてまた距離が広がる。



「名前、顔真っ赤。」

「っ!!羽鳥!!!」

「じゃあ俺は帰るね。またね、名前。」

「も、もう来るなぁ!!」

「ははっ。」




くぅううう!!!
ムカつくムカつくムカつく!!!

羽鳥にもムカつくけど、あんなのにドキドキしちゃった自分にもムカつく!!!



「っあーーー!!もう!!死ぬほどケーキ焼いてやる!!生地にぶつけるぞこの怒り!!!」





もうお越しにならないで下さい!!!!!






ガチャガチャと乱暴にケーキを焼く準備をしてた私には、羽鳥が優しい目で外からその様子を見ていた事には気付かなかった。





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