不動産王の知略
不動産王の策略の続編



「え!!と、取り壊し、ですか・・・?」

「はい。桧山の方からお聞きになってませんか?」

「いえ・・・。」


何とか桧山さんにワンルームの賃貸を紹介してもらって入居して2週間。
私以外の住人に会わないなあ、なんて思ってたら・・・。


「申し訳ありませんが、今週中に退去して頂くことになります。」

「こんしゅっ!?は、はい・・・。」


今週中・・・。
これは、詰んだ・・・。

でもどうあがいても無理なものは無理なので、ここに引っ越してきた時の段ボールを再び組み立てて荷造りをする。

どうしよう・・・。
とりあえず夏目くんみたいにホテルに住むか?
でもな・・・。



ピンポーン


悶々と考えてると、インターホンが鳴った。
誰だろう・・・。


「お嬢さんっ、」

「ひ、桧山さん・・・。」


ドアを開けると、息を切らした桧山さんが立っていた。


「お嬢さん・・・。申し訳ない・・・。」


顔を歪めた桧山さんが、頭を下げる。


「え、桧山さん!頭を上げてください!!」

「俺の手違いで、お嬢さんには迷惑を・・・。すまない・・・。」

「桧山さん・・・。」


どうやら桧山さんは取り壊しの事を知らずに私に入居を勧めてしまったらしい。
仲介の人達も桧山さんの事だから、承知の上での一時入居だと思っていた、と。
行き違いから起きたミスだね。


「仕方ないです。桧山さんはとても忙しい方なのに、甘えてしまった私も悪いので・・・。」

「忙しいからといって許されるミスでは無い。本当にすまない・・・。」

「桧山さん・・・。」


完璧な人だと思ってた。
大きな会社の代表で、スタンドも纏めてて・・・。
でも、こんな事もあるだね・・・。
被害を被ったのは私だからこんな事思うのは変かもしれないけど、なんだか桧山さんの人らしい一面を垣間見て、少し親近感が湧く。


「お嬢さん、1週間以内に新居を見付けるのは残念だが難しい。」

「はい・・・。とりあえずホテルにでも、」

「いや、今回の件は全て俺の責任だ。うちに、来て欲しい。」

「え、」


でもそれは・・・、
この前お断りしたし、それに桧山さんの気持ちにも・・・。


「もちろん俺は今でもお嬢さんが気持ちを受け入れてくれた上で一緒に住んでくれると嬉しい。だが今回はこんな事になってしまったお詫びとして、どうかうちを使って欲しいんだ。せめて、次の住まいが見付かるまでの間だけでいい。俺に、償わせてくれ・・・。」

「そ、そんな・・・。償うだなんて・・・。」


真剣な目で私を見つめて、謝る桧山さん。
たしかに取り壊しにはビックリしたけど、そんなに怒ってないよ・・・。
でも、うん。
次の部屋が見付かるまでのなら、お願いしちゃおうかな・・・。


「桧山さん、次の部屋が見付かるまで、お願いしてもいいですか?」

「っ、ああ!ではさっそく手配しよう!」

「ありがとうございます。」




あれよあれよという間に桧山さんの手配によって引っ越し作業が進んで、私の荷物がお屋敷に運ばれていった。
私が使わせてもらうゲストルームは家具家電が備え付けられているので、元々私が使っていた物はとりあえずお屋敷の離れに置かせてもらっている。


「桧山さん、しばらくの間、よろしくお願いします。」

「あぁ。不謹慎だが、お嬢さんとこうして同じ屋根の下にいられるのは嬉しいな。」

「っ、もう・・・。」


桧山さんのお屋敷での生活は、思ったよりも穏やかに過ぎていった。
前に話していた通り、お屋敷は静かだし、ご飯も美味しい。
さすがに送迎は遠慮したけど、外を歩くときに沢山の植物を眺めるのも心が気持ちいい。

桧山さんは仕事が忙しいのに、なるべく私に合わせて食事を摂ってくれている。
だから知らない環境でも、寂しさを感じることも無かった。



◆◆◆◆



「え!?名前ちゃん、桧山さんのお家にいるの!?」

「うん。次の部屋が見付かるまでね。」

「そうなんだ・・・。」

「でもなかなか見付からなくてねぇ・・・。良いところあっても、埋まっちゃってたり・・・。」

「そ、そっか・・・。」


穏やかな暮らしに反して、部屋探しは難航していた。
どこの不動産屋さんを回っても、なかなか部屋が見付からないのだ。
引っ越しシーズンでは無いと思うんだけどなぁ。

居心地の良い桧山さんのお屋敷での生活から抜け出せなくなりそうな自分に、焦っていた。



◆◆◆◆



「お嬢さん、今晩は夕食を共にできなそうだ。」

「あ、はい・・・。お仕事、ですか?」

「あぁ。どうしても終わらせなくてはいけない書類があってな。」

「そ、そうですか。」


って!!
何ガッカリしてるの!!
少し前までは1人でご飯食べるのが普通だったじゃん!!

あ、そっか・・・。
1人じゃないのが、普通になってきてるのか・・・。



その夜なかなか寝付けなくて、厨房でお水を頂いてきた帰りに、桧山さんのお部屋から光が漏れているのを見付けた。
そっと覗いてみると、山のような書類に埋もれている桧山さんの姿。
その姿が、なんだかとても苦しそうで・・・。

あ、そうだ!


コンコン


「?誰だ。」

「あの、名前です。入っても良いですか・・・?」

「お嬢さんか。どうした?」

「し、失礼します・・・。」


コトリと、デスクの空いているスペースに湯気の立つカップを置く。
厨房に戻って淹れてきた、カモミールティー。


「あの、よろしかったら・・・。」

「ありがとう。うん、良い香りだ。」

「良かった・・・。お仕事、大変ですね・・・。」

「あぁ。しかしこうやってお嬢さんの顔を見ると、疲れも消えていくようだ。」

「そ、そんなっ、」


ふっと笑った桧山さんに、手を取られる。


「少しで良い。しばらく、手を握っていてもいいか?」

「・・・はい。」


いつもは気丈に振る舞っていても、こんなに沢山の仕事を抱えて・・・疲れないはずが無い。
見えないところで、こんなに頑張っていて・・・。

少しでも、彼の疲れが取れるのなら、私の手なんていくらでも触れていて。


しばらく目を瞑ったまま私の手を握っていた桧山さんだったけど、急に目を開けて、手を握る力を少し強くしてきた。


「しかし、こんな夜更けに男の部屋に入るのは感心しないな。」

「え、えっと、」

「俺も男だ。お嬢さんを襲わない保障なんて無い。」

「・・・。」


どうしよう、嫌じゃ、ない・・・。
嫌じゃないって、思っちゃってる。


「・・・良いのか?」

「・・・。」


手を、引かれる。
その力に逆らう事はせず、顔が近付く。


「後悔、しないな。」

「しま、せん・・・。」

「っ、」

「んっ、」


桧山さんの熱い唇が、私の口を覆うように塞ぐ。
クールな彼からは想像できなかった、性急なキス。


「んっ、んあ、」

「はっ、名前、好きだ。」

「ん、私も、好きです・・・んん、」


いつの間にか、彼の隣が居心地良くて。
私を大切に扱ってくれる彼に惹かれていて。
無理をしてしまう彼の、支えになりたいって思ってしまった。


「名前、足りない。」


私の全てを食べ尽くすように、温かいものが口内を動き回る。
息が、できない。


「あっ、んん、桧山さ、ん、」

「夜はまだ、長いぞ名前。」




◆◆◆◆




赤い顔で必死に俺からのキスを受け入れてる名前。
やっと触れることができて歯止めが効かない。


「桧山さっ、んんっ、あっ、」

「名前、可愛い。」

「んっ、」


名前は知らないだろう。
俺が、お前を手に入れる為にしてきた事を。

マトリのお嬢さんに頼んで、お前を俺の元に来させた事。
わざと取り壊し物件を紹介した事。
あたかも俺のミスのように、息を切らせて謝罪し、お前の優しさに付け入った事。
部屋が見付からないように、グループの力を使って圧力をかけた事。
名前が歩いてくるだろうと予測し、タイミングを図って俺が弱っているように見せた事。

協力してくれた羽鳥やマトリのお嬢さんには『えげつない。』なんて言われもしたが・・・。


「桧山さ、んっ、苦しっ、んあっ、」

「駄目だ。もっとお前の唇を、味わわせてくれ。」

「んっ!」


腕に力を入れて、名前との距離を限りなくゼロにする。




「言っただろう、俺は諦めが悪い男だ、と。」




名前を手に入れる為なら、手段は選ばないさ。







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