小説 | ナノ


▼ 020

「ほら糸ヶ丘、何黙ってんの」
「成宮くんこそ、なんで黙って座っているの」
「ん?カルロと糸ヶ丘の観察」
「……なんで?」

ここ最近、昼ごはんを食べ終わってから神谷くんと喋っていることが多い。単純に席が隣同士になったから喋る機会が増えたっていうのもあるけど、とあることを教わっているから結構頻繁に机を引っ付けている。

「糸ヶ丘って普段なに喋ってんのかなーって」
「それ知ってどうするのよ」
「それは……ほら、なんでモテるのか分かるじゃん」
「分かるのかなあ……」
「つっても、俺とはそんな盛り上がる話してねーぞ」
「どんな話題?」
「野球のルールとか」

神谷くんがそう言ったのに合わせて、家にあったルールブックと、神谷くんに書き込んでもらったノートを鞄から出して見せる。数学の自習用ノートだったはずなのに、いまや神谷くんの強い筆圧で書かれたグラウンドの図の方が多いんじゃないかってくらいに書き込まれていた。

「野球観に行くんだったらルール分かった方がいいでしょ」
「へー、ちゃんと観に来るつもりあったんだ」
「準々決勝まで残ってくれたらね」
「当然残るし!ていうかこの本なに?『初めての硬式ボール』?」
「家にあったの。読んだけどよく分からなかった」
「投げ方なんて学んでも意味ないじゃん」
「だよね。だから神谷くんに協力して頂いております」

古びた解説本なんかよりも、現役野球部の生の声が何よりも分かりやすい。というか、単純に神谷くんの説明は分かりやすい。基本の基本からで申し訳なかったが、ありがたくご教授いただいている。

「ていうか野球の勉強ならもっと盛り上がりなよ」
「盛り上がる勉強って何なのよ」

野球部同士で会話をしていたら、そりゃあ盛り上がるかもしれない。しかし、私は基本の基本から分かっていないわけで。ここ最近は神谷くんのおかげでテレビ中継の時に映る表示の意味も覚えたけれど、今まではBやらSやらが何だったのかも分かっていなかった。

「今は何覚えてんの?」
「スクイズっていう……戦略?」
「ガチじゃん!カルロどこまで教える気?」
「どこまで教えたらいいのか分からなくなってきた」
「俺がすごいって分かればいいんだよ」
「そういえば成宮くんって何がすごいの」
「はあ!?」

よく考えたら成宮くんは正ピッチャーらしいけど、何がすごいのかよく分かっていない。神谷くんは肩が強くて足が速いので外野手らしい。成宮くんは一体なぜピッチャーなんだろう。

「球が速くてコントロールも良い、おまけに球種も多い!天才!」
「まあそんなとこ」
「じゃあ神谷くんは球種が少ないから外野手?」
「そういう問題でもない」
「カルロは投手できるほど制球力ないんだよ、バックホーム上手いくせに」

ノーコンノーコンと成宮くんが口悪く言う。そんなにコントロールが悪いのかと思えてくるが、多分普通の人と比べたらよっぽどコントロールはいいはずだ。成宮くんの基準がおかしいだけで。

「距離遠い方がコントロール難しくないの?」
「1球だけ全力で投げるのと、投手でずっと投げるのじゃわけが違うからな」
「ていうかさあ、」

ひとつの得意だけじゃポジションが決まらないだなんて、野球はやっぱり難しい。そういえば成宮くんは点を取ることもできるから、ピッチャーをしていない時でも別のポジションで出ていることもあると言っていた。そう考えればやっぱり成宮くんってすごい人なんだろうな。

「糸ヶ丘は俺とキャッチボールしてみれば?」
「なぜ」
「俺がすごいって分かるんじゃん」
「……遠慮します」
「なんで!?この俺とキャッチボールできるんだよ!?」

こんな機会、めったにないよ。そういってギャーギャー喚かれたとしても、別に成宮くんとキャッチボールをしたところで何が分かるわけでもなさそうだ。だって普段キャッチボールをしないのだから、すごいのかすごくないのか私には判断がつかないのだから。そうして断っても、成宮くんは昼休みいっぱいを使って私を誘い続けてきた。


(硬式ボールって当たると痛いでしょ、嫌です)
(当てねーし!)
(取れないし!)
(軟式でやれよ)

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -