小説 | ナノ


▼ 021

「糸ヶ丘!飯終わった?」
「終わっていません。今からデザートを買いに行きます」
「行かない!中庭行くよ!」
「えぇー……」

あんなボール、当たったらとんでもない。別に神谷くんと成宮くんのキャッチボールを見られたらそれでいいし、なんなら試合を観に行く(つもりだ)から、それで十分ではないか。そう思っても成宮くんは一度考えたら猪突猛進、私に利き手を聞いたかと思えば、翌日の昼休みには予備のグローブを持ってやってきてしまうのだ。

「神谷くんも来てよー……」
「やだよ、暑いし」
「お願いだから!ていうか本当に私やるの!?」
「やるよ!糸ヶ丘ならできるって俺信じてる!」

成宮くんから初めて褒められた。まったく嬉しくない。




「――じゃあこのくらいの距離感から」
「……すみません、せめてお手本を見せてください」
「ったく、仕方ないなーカルロ」
「(なんで俺がこいつらに付き合わなきゃいけないんだ……)」

木陰になっていた校舎裏に連れていかれる。ついて早々面倒くさそうにベンチに腰かけた神谷くんは、これまた面倒くさそうに私からグローブを受け取った。「ちっちぇー」と言いながらなんとか手にはめる。グローブもサイズがあるんだ。

向こうで成宮くんが「行くよー」と叫んでいる。そんな距離から届くのかと思ったが、まったく問題なかった。まっすぐ投げられた球が、神谷くんの胸元に飛んでくる。バシンとよい音がした。

「……すっげえやりづれえ」
「全然そうは見えないよ、というかすごいね!あんな速い球取れるんだ!」
「”あんな速い球投げれるんだ”でしょ!」
「糸ヶ丘も投げるのはできるっけ」
「うーん、野球ボールは分かんない」
「ちょっと!こっちを無視しないでよ!」
「取るから投げるのはやってみろ。ほら」
「わっ」

神谷くんから渡されたボールを受け取る。普通に投げればいいんだよね。成宮くんの真似をして彼の胸元めがけて投げたつもりだったが、すっぽ抜けて上の方に飛んでしまった。ジャンプした成宮くんがチャッチしてくれる。

「おー……」
「そこ感動するとこか?」
「どこ投げてんの!ここ!相手の胸元に投げるの!」

そうしてまた、神谷くんの胸元に投げる。神谷くんがチャッチして、私が成宮くんに投げる。繰り返しているうちに感覚がつかめてきたつもりだったのに、今度は顔面目掛けて飛んでしまった。絶対怒られると思って血の気が引いたが、それは許容範囲らしい。難しいな。

「そろそろ糸ヶ丘も取ってみるか」
「えー……じゃあ試しに」
「糸ヶ丘が取るの?じゃあ近づこうっと」
「なんで!?こわい!」
「近い方が取りやすいでしょ!」
「そうなの?ありがとう」

神谷くんが取っていた時の半分くらいの距離まで近づいてきた成宮くん。絶対取れない自信があるからドキドキしていると、成宮くんが下から放るようにボールを投げてくれた。こっちもすくうようにしてボールを取る。

「そうそう、そんな感じ」
「おお……!」
「じゃあ次は胸元に投げるから、そう、もうちょい前に出して」
「こ、こう?」
「そんな感じ……よっと」
「わっ」

微塵も動いていないのに、ボールがすっぽり収まった。確実に私の能力ではないのだが、なんだか感動してしまう。取れたと騒いでいたら、「小学生かよ」と神谷くんからつっこまれた。そりゃあはじめてのキャッチボールだ、小学生気分にもなってしまう。

「すごいね、ちゃんとキャッチボールできているよ」
「俺のおかげでね!」
「うん、成宮くんすごい」
「でしょ!」

投げることは問題なくできるようになってきた。取ることに関しては、まったく動かなくていいので立って構えているだけだ。
私だってそこまでコントロールが悪いつもりもなかったのだが、ここまで寸分狂わず投げられるというのは、やはり野球部だからだろう。

「ねね、神谷くんもあのくらい投げられる?」
「まーそこそこは」
「この程度ならね!本気の球投げたらカルロは荒れるよ!」
「荒れるって?」
「狙い通りに投げれねーってこと。速いとその分コントロール難しいからな」
「なるほど、じゃあ私もスピードを犠牲にすれば……」
「……弱っ!何してんの!?」
「駄目だ神谷くん、届かない」
「別に充分コントロールはいいだろ、普通に投げろって」
「んー、でもせっかくだから真ん中に投げたい」

「ねえ!」


色々考えながら投げていると、転がったボールを拾ってくれた成宮くんがこちらへずんずん歩いてくる。

「カルロ交代!」
「は?」
「糸ヶ丘がノーコンだから、俺が教えてあげるよ」
「お前のグローブつけて、どうやって返球しろっていうんだ」
「そこは何とかしてよ」

利き手じゃない方では、流石の神谷くんもまっすぐ投げられない。だから断っているのに成宮くんは強引に交代しようとしている。私が成宮くんのコントロールの良さを分かっていないと思われいてるのだろうか。もうちょっときちんと褒めたらよかったなあと思う反面、頷かない神谷くんに足を出し始めた様子をみて、やっぱりあんまり褒めたくないなあとも思った。

(返球くらい左でもできてよね!)
(お前だって右で投げらんねーだろ)
(ねえ、予鈴鳴っているんですけど)

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