小説 | ナノ


▼ 018

「糸ヶ丘って昨日テレビ観てた?」
「観てない」
「観てないの!?」

テレビ、テレビ。昨日何かおもしろい番組あったかな。

「稲実出てたじゃん!稲実っつーか俺!」
「そうだったんだ」
「もーせっかくかっこよく投げていたのにさー」
「今度出る時言ってよ、気が向いたら観るね」
「向かなくても観て、録画して観て」
「えー、部屋に録画機ない」
「なんで!?」
「テレビそんなに観ないから」

リビングのテレビには録画機能があるけれど、面倒だから黙っておくことにしておく。

「じゃあ急いで買いに行きなよ」
「もう番組終わったじゃない」
「夏はこれから!俺もこれから!」
「高校野球見ろって?」
「そ!」

そういえば、去年の試合はお母さんがリビングのテレビで全日録画していったっけな。とはいえ、スポーツ番組って結果が分かってからみるものではないというイメージがある。

「ああいうのってリアルタイムで観るからこそじゃない?」
「だってリアルタイムじゃ観られないんでしょ?」
「うん」
「なら買って。絶対見て」
「いや、でも録画機って高いし、」
「絶 対 買 っ て !」
「ヤバイ商法みたいになってんぞ」
「神谷くん!助けて!」

ちょうどいいタイミングで神谷くんが通りかかってくれた。引き止めて助けを求める。

「野球って録画してまで観るもんか?」
「俺たち観るじゃん」
「それは対戦相手だからだろ」
「へー、そんなことまでするんだ」

陸上部だと直接対決するような場面がないから、同じ種目の選手の録画なんてプロのフォームを参考にする時くらいしか見たことがない。野球ってすごいな。

「大体、もしプロに行けなかったら今しかないんだよ?」
「鳴も弱気なこと言うんだな」
「俺は行くに決まってんじゃん。カルロが!」
「その時は奇跡のバックホームでもして、『あの人は今』で出るかな」
「奇跡のバックホーム?」

なんとなく聞いたことのある単語に首をかしげる。分かっていないと思ったのか、神谷くんが説明してくれる。

「夏が近づくと過去の甲子園特集あんだけど、それで昔の稲実の人がよく出るんだよ。昨日も映像出てた」
「へー、昨日も出たんだ」
「糸ヶ丘はテレビ観ないならそんな番組も知らないでしょ」
「失礼な。私だって仲いい人が出ていたら見るよ」
「昨日は?」
「成宮くんとは仲良くない」
「冷たい!ねえカルロ!糸ヶ丘が冷たい!」
「事実だろ」

成宮くんとだけ喋っていると忘れるのだが、他の人も加わって会話しているとやっぱり彼の騒がしさが目立つ。いつも元気だなあ、成宮くんは。そして、話題もころころ変わる。

「つーかカルロさ、奇跡のバックホームするってことは、俺が3塁まで出塁させて、そんなに奥深くまで打たれると思っているわけ!?」
「こないだ打たれてただろ」
「あれは打たせてあげたの!カルロだってちゃんと定位置だったじゃん!」
「俺がすごいからな」

なんだかよく分からないけれど、高度な話をしているのは分かる。

「ま、俺が認めたレベルだから凄いのも認めるけど、それならカルロもプロに進むくらいしてよね」
「突然偉そうだな」
「成宮くんはいつも偉そうだよ」
「そうだな」
「失礼じゃない!?」
「それよりも、神谷くんもプロ目指しているの?」
「まー野球して食っていけたらとは思うけど」
「えっ俺無視?」

プロ。そこまで視野に入るってすごい。

「じゃあ神谷くんがプロになったら録画機買うよ」
「そうなったら糸ヶ丘にテレビ買ってやる」
「神谷くんってば太っ腹! じゃあ誕生日覚えておいてね?」
「誕生日プレゼントでテレビっていうのは変じゃね?」
「なら……なんのお祝いだろ」
「ねえ!二人で盛り上がらないでよ!」

あまりにも二人だけで会話をしていたら、成宮くんがお怒りのようだ。大きな声で割り込んでくる。

「成宮くんも私に何か買ってくれる?」
「なんで俺が糸ヶ丘に対して、理由のないお祝いしなきゃいけないのさ」
「あはは、正論」

卒業してからも神谷くんとやり取りがあるのかは分からないけれど(事実、クラスで喋る以外の交流など今はない)こんな雑に未来の約束をするというのも高校生の特権だ。成宮くんともやんわりと約束を取り付けてしまったけど、そもそも成宮くんとは卒業までに仲良くなれるのかなあ。それすら危うい気がしている。


(大体、俺が買えって言ったのは無理で?カルロのためなら買うわけ?)
(今はお金ないもの。大学生になったら頑張って買う)
(じゃあ俺を録画するためってのも理由に入れてね)
(うーん、仲良くなっていたらね)

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