小説 | ナノ


▼ 014

「……糸ヶ丘?」
「げ、」
「顔見ただけでその反応は失礼じゃない?」

とある雨の日、部活終わりに部活棟裏で成宮くんと遭遇してしまった。あちらも部活終わりのようだ。差していた傘を閉じ、こちらに向かってくる。

「ごめん、思わず」
「ったく、失礼しちゃうよねーこんなイケメン相手に」
「ほんとごめん、流石に失礼だった」
「イケメンってとこ流すのやめてくんない?」

どう反応すればいいのか分からず、とりあえず頭を下げるも気にくわなかったらしい。余計に声を荒げ始める成宮くん。雨足が強くなる前に帰りたかったのだが、すぐにやり取りを終わらせられるのだろうか。

「つーか糸ヶ丘は何してんの?荷物ひっくり返してさ」
「濡れちゃまずい物をタオルで包んでいます」
「あれー?もしかして傘忘れちゃったー?」
「持ってきてたの!でも田中くんが大きい傘忘れたらしくて……」
「貸してあげたの?ほんと他人にいい顔するよねー!」
「貸したんじゃないの、『アタック中の女子と相合傘したいから、俺の折りたたみ傘と交換してくれ!』って言われて、」

そう言いながら、交換にと差し出された傘……だったものを見せる。

「……壊したの?」
「壊れてたの!もーほんと明日怒る!絶対怒る!」
「なんか……可哀想だね」
「哀れに思うならそっとして……それかコンビニ袋あれば譲って欲しいです」
「ていうか傘くらい貸すよ」

さらりと言ってくれる成宮くん。いつもみたいな、何か企んでいるような表情でもなく、本当に素直な優しさのようだ。

「え、いや流石にそれは……成宮くん濡れちゃうでしょ」
「この傘は俺のだけど、寮行ったら予備あるよ。ここからなら100メートルくらいだし、糸ヶ丘なら10秒で着くっしょ」
「世界レベル出せたらね」
「出してよ世界レベル」
「うーん……じゃあすみませんが、お借りしたいです」

なんて会話をしている間にも、だんだんと雨音は強くなってくる。明日の朝まで天気は悪いそうだから、きっと待っても止んではこないだろう。

「やべっ、早く寮までダッシュして……って、糸ヶ丘上着は?」
「スパイク包んで鞄の中」
「いやいや、そんな白シャツで雨の中走るの!?」
「たった10秒だよ」
「どうせ10秒じゃ走れないじゃん!濡れるだろ!バカじゃないの!?」
「でも10秒くらいなら我慢できるし、夏だから寒くもないし」
「寒さとかじゃなくて、ほら、雨!白シャツ!」
「?」
「あーもう分かれよ!」

何かを言いたい様子だが、いまいち伝わらない。もうぐるぐる巻きにしてしまったし、これ以上待たせてしまうのも申し訳ないからそのまま行きたいのに。

「……あ、もしかして実は寮に傘ない?ないなら走って帰るから平気だよ。結構近いし」
「……近いってどのくらい?」
「1km弱」
「陸上部の感覚で距離測るな!充分遠いよ!」
「いやでもやっぱり申し訳ないし、荷物包み終わったから大丈夫!優しさだけ受け取っておくね、ありがと」

「……あーもう!ったく世話が焼けるやつだな!」




***


「じゃ、ここで待っててよね」
「分かった」
「勝手に入ってこないでよ!」
「うん」
「あと、変な人についていかないで!」
「はいはい」

右肩を湿らせた成宮くんが、ぎゃーぎゃー言いつつも傘を取りに寮へと入っていく。私は入れないので、入り口で待つことにした。

することもないので、濡れた左肩に付いた水滴を意味もなくはたく。女子の平均身長よりも高い私と、一般的な高校男子よりも鍛えている成宮くんの2人が同じ傘に入れば、そりゃあ当然はみ出してしまう。だから遠慮しようとしたのに、彼の利き腕に引っ張られては逃げようもなかった。


「何してんだ」
「あ、……と、すみません。人を待っていて」

空を見てぼうっとしていたら、玄関の扉がひらく。成宮くんかと思ったら、別の大きい人。壮行会で見たことがある、確か三年生の主将さんだ。

「誰だ」
「2年生の成宮鳴くんです。私の傘が……壊れてしまったので、貸してくれるそうです」
「……あいつ、傘がないって騒いでいたぞ。寮の予備あるから持っていけ」
「えっそれはありがたいんですが、成宮くんに言わないと」
「後でメールでもしておいてやれ」
「成宮くんの連絡先を必要としたことがなかったので……申し訳ないのですが、これ渡してくださいませんか」

鞄を漁り、メモとペンを取り出す。紙が湿ってなくてよかった。簡単にお礼と謝罪を書いて、ふたつに折って先輩に託した。

「……お前、タオル持ってんのか」
「? 鞄には入っていますけど」
「肩かけとけ」
「え、」
「服、透けんぞ」

ちょっと言いにくそうに、主将さんがそう告げてきた。言われて先ほど濡れた左肩を見ると、確かに中に着てきたタンクトップの柄が透けてみえる。別にタンクトップだから透けても問題ない。とはいえ、他人からみたら、ちょっとあれかもしれない。あ、もしや成宮くんもこの事を指摘してくれようとしたのかな。初めての女子扱いである。

「お気遣いありがとうございます」

せっかく言ってもらえたし、成宮くんの優しさも考慮して、教科書を包んでいたタオルを取り出し肩にかけた。

差し出された傘は随分と大きかった。エナメルのバッグも私自身もすっぽり収まる。成宮くんのアドレス、聞いておけばよかったかなあ。でも今日ようやく用事が思いついたくらいだから、まあいいか。

ともかく明日は朝一番に謝りに行こう。たった1km弱の岐路だから、成宮くんのことを考えていたら、すぐに着いてしまった。


(本っっっっ当に信じられない……)
(いやごめんなさい、本当すみません)
(鳴に謝る必要ねーぞ糸ヶ丘、結局予備なくて寮の貸そうとしていたから)
(なんですって)
(カルロばらすなよ!!!)

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