小説 | ナノ


▼ 013

「糸ヶ丘おつかれー優勝おめでと」
「えへへ。神谷くんも100m頑張ってね」
「任せとけ」
「……で、こっちの王子様は何しているの」

クラステントに戻ってきたら、ブルーシートにうつ伏せで寝っ転がっている成宮くん。この人はこんな時まで他のクラスにいて、自分のクラスで浮いていないんだろうか。

「糸ヶ丘が跳ぶのはじめて見たらしい」
「そっか、結局陸上部の練習見にきてないもんね」
「行ってないわけじゃない!糸ヶ丘がいないの!謝って!」
「……別の場所にいてすみません」
「もういいよ!」

成宮くんは顔だけこちらに向けて怒鳴ってきたかと思えば、またプイと顔を背けてしまった。そもそも私は謝る必要ないと思うし、体育祭のポイント勝負だって成宮くんの勝ちは決まっていたっていうのに。一体何が不満なんだ。

「……神谷くん、私どうしたらいいの」
「放っておいていいぞ。じゃあ俺は1位取りに行ってくる」
「いってらっしゃーい」

神谷くんが去ってからも、成宮くんは寝っ転がったままだ。だんだんクラスメイトも帰ってきたので、ずいずいと彼を端に追いやる。なすがままだ。おもしろいいな。

「お、神谷くん走るよ」
「そだね」
「”1位取ってくる”って行くの、かっこいいねえ」
「……糸ヶ丘もじゃん」
「私はそんなこと言えないよ」
「でもさー、あんなの跳べると思ってないとできなくない?」
「ん?……あー、あれは」

周囲の観客をあおっての手拍子。
実際の大会でもやったことはないのだが、せっかくだからやりなよと言ってもらえた(というか脅された)のではじめてやってみた。

「白状すると、部活前に普通の運動靴とジャージで跳べる高さを確認していました。陸上部の特権だね」
「はあ?じゃあ本当はもっと跳べるって?何それ自慢?」
「じゃなくて。私小心者だからよっぽど確信持てないとあんなのできないよ」
「んー……よく分かんない」

成宮くんが顔をちょっとだけ横に向けてくれたので、彼の目がちょっとだけ見えるようになった。

「とどのつまり、見栄を張っていたってことだよ」
「……見栄張っているようには見えなかったけど」
「成宮くんの目にもかっこよく映っていたなら安心した」
「かっこいいとは思ってないし!」
「あはは、じゃあ失敗だ」

そう伝えると成宮くんはのそっと起き上がって、ようやくグラウンドの方をみた。神谷くんはもうとっくに1着でゴールしてしまっているし、競技自体もそろそろ終わりそうだ。

「あ、男女混合リレーの招集放送だ」
「……行ってくる」
「出るんだ?頑張らないでねー」
「喧嘩売ってんの?」
「だって成宮くんに頑張られたら負けちゃうじゃん」
「すっげー頑張るし!そんで今日一番の声援もらうし!」
「それは楽しみだね」

靴を履いて、ようやくこちらのクラステントから去ろうとする。そのまま行くかと思えば、こちらを指さしてきた。

「すっげーかっこいいから、覚悟して見なよ」


そう言い残して去っていく成宮くんは、確かにかっこいいなと思えてしまった。多分アンカーだろうな、目立ちたがりだし。1位でゴールなんてしたら、そりゃあ今日一番の声援は彼の物になるだろう。

ただひとつ残念なことは、私もリレーに出場するから、どれだけ覚悟をしても見ることは叶わないってことかな。



(1位おめでと。悔しいけどすごかったね)
(糸ヶ丘も出るなら言えよ!「見なよ」の意味ねーじゃん!)
(ご、ごめん、言い出すタイミング掴めなくて)
(ばかばーか!小心者!)

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