小説 | ナノ


▼ 011

「糸ヶ丘はどこ見てんだ、神谷様の凱旋だぞ」
「王子様おかえり、かっこよかったよ」
「ははっくるしゅうない」
「それだと王子じゃなくて殿じゃん」

まあどっちでもいいよと言った神谷くんは、きょろきょろと辺りを見回す。

「さっき鳴いなかったか?」
「いたよ、今から待機列行くとこだって」
「なんで今からなんだ、ギリギリじゃねーか」
「? 長距離って借り物の後でしょ?」
「あ?鳴が出るのは借り物だぞ」
「えっ」

予想外だ。絶対ああいうお遊び系というか、茶化されるような競技には出ないと思っていた。そもそも、借り物だと運動神経もへったくれもない。私との勝負云々はもう放棄されたのだろうか。

「糸ヶ丘、確か獲得ポイントで勝負してるんだろ?」
「多分そのはず」
「じゃあ本気で勝ち狙っているんじゃねーの」
「えっ借り物で?」
「借り物が一番点数高いだろ。あの赤いカードで1位ゴールしたらだけど」
「それはそうだけど……」

結構きついお題も入っているのに、そこまでして私に勝ちたいんだろうか。そもそも同じ土俵でない以上、勝負になってもいないと思うんだけど。

そうこう話していると、もう成宮くんの走順になっていた。先輩後輩問わず、色んなところから声援が飛んできている。こうしてみると、やっぱり成宮くんは人気あるんだなあ。多分さっきの女子戦での様子を見るに、男子戦には「女子を連れて行かないといけないお題」が入っているはずだ。成宮くんに借りられたいのであろう女子たちが、必死でテントの前につめよっている。


「始まった……成宮くん速いねー」
「苦手なもんないからな」
「謙遜とか苦手そう」
「取材中ならすっげー謙遜するぞ」
「えー何それ見てみたい……あ、やっぱり赤いの取ったね」

やはり最高ポイント狙いだ。これで1着ゴールすればどうあがいても私は勝てない計算になる。しかし、紙を開いた成宮くんは止まってしまった。

「何が書いてあったんだろうね」
「女子戦でもえぐいの書いてあるから、男子戦ならもっとひでぇのありそう」
「”身長2mの人”とか?」
「流石にそれはないだろ。”Fカップの人”とかそういうの」
「うわー……でも成宮くんなら探しても許されそう」
「いや流石にアイツでも……こっち向いているぞ」
「え?」



「糸ヶ丘っ!今すぐ来い!」



まさか私が呼ばれるとは。それ以前に、その場から呼ばれるとは。

普通は今までの女の子たちみたいにこっちのテントまで来てくれたり、おばあちゃん先生みたいに頼もうとする姿勢を見せてくれるのが普通なはずだ。しかし、成宮くんは普通じゃない。自分は一切動かずに、他人を呼び出すなんて、自分勝手極まりない。

「……仕方ないなあ」

そう思いつつも、私は立ち上がって成宮くんの元まで駆け付けた。

借り物競争は、指定がなければ手をつないでゴールする。ルール通り、私の左手を成宮くんが取った。

細いと思っていた彼の指は思ったよりもごつごつしていたけど、思ったよりもゆっくり走っている。気を使ってくれているのが分かって、何だか不思議な気分だ。私の足が遅いと思っているのか、それとも単純に女子扱いしてくれているのか。


「……スピードあげてもいい?」
「はあ!?こっちのセリフだし!コケるなよ!」

手をつなぎながらお互い全力で走ろうとするから、逆に足がもつれて大してスピードは出なかった。それが何だかおかしくて、ゴールしてから大笑いしてしまった。




「あははっ!遅っ!私たち遅いねー!」
「一着だし!つーか糸ヶ丘いなかったらもっと速いから!」
「私だって一人ならまともに走れるってば!……あっそうだ、お題見せて」
「は?ぜってーヤだ」
「えーなんで!?協力してあげたのに!?」

ゴールした後も繋ぎっぱなしになっていた手を離して、さっさと1着の列に並ぼうとする成宮くん。しかし、その前に体育委員へ見せなきゃいけないだろう。

「ほら、体育委員の人が確認するから見せなくちゃ」
「でも糸ヶ丘には見せねー……つーか勝之じゃん」

”勝之”といえば、よく野球部の話題になると出てくる人だ。フルネームも知っているし顔も見かけたことがあった。神谷くんとの世間話の延長で、なぜか一方的に誕生日まで知っている。この人が白河くんだったのか。ようやく繋がった。

「さっさとカード見せて」
「……えー、勝之が確認するわけ?」
「早くして」
「……ほら」

知り合いに見せたくなかったのか、少し不満そうにしていたが、渋々赤いカードを開いて見せる。白河くんが無表情で私の方をみた。

「……クリアね、1着のとこ並んで」
「っしゃあ!これで俺の勝ち決定〜!」

成宮くんから赤いカードを見せられた白河くんは、私の方を一瞥したかと思えばすぐにOKの判断を出した。分かりやすい見た目の特徴か、もしかしたら思ったよりも簡単な内容だったのかもしれない。それでもやっぱり、何が書いてあったのか気になってしまうものだ。

「教えてください。なんて書いてあるんですか」
「鳴に聞いて」
「あれ、成宮くんカードは?」
「自分で責任持って処分しまーす」

試しに白河くんへ訊ねてみたけれど、やはり断られる。成宮くんはもらったカードを乱暴にポケットへしまっていた。

「えー気になるなあ……」
「近いから呼んだだけだし」
「じゃあ誰でもよかったお題なんでしょ?見せてよ」
「絶っっっっ対ヤダ!!」
「ちょっと!置いていかないでよ!」

私を置いて全力で走っていってしまった。流石の私も全力の野球部には追い付けない。一握の希望を持って振り返ったものの、白河くんは既にこっちのことなんてどうでもよさそうに、2着以降の確認に向かっていた。



(あのー、白河くん)
(鳴に聞いて。面倒ごとに巻き込まれたくない)

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