小説 | ナノ


▼ 010

体育祭当日、午前中にして私は疲れ果てていた。


「よっ人気者」
「いや……これ、あと何レースあるの……っ!」
「あと半分くらいじゃねえの?」
「……もう呼ばれないことを祈る」

昼前の種目は集団競技と長距離、それと借り物競争だ。
私の出場する個人種目とリレーは午後からなので、のん気にクラステントで応援をする……はずだった。

「で、今のは何の人?」
「……”自分より背の高い人”」
「なるほど、糸ヶ丘しかいないわ」
「そんなわけないよね!?」

稲実体育祭の借り物競争は「お題を手に持ってゴールしなければならない」というルールがある。そのため、人が書かれていた場合は手を繋いでゴールしなければならない。

このクラスのテントはちょうど借り物競争でメモを拾う位置の隣であるため、目に付きやすい。そのため、「男子と手を繋いでゴールをしたら盛り上がるだろうな」と体育委員会が考えたであろうメモを持った女子が、連続して私を指名してくれる。

「背の高い人、顔がタイプな人、好きな人……あとは何が来るだろうな」
「もう来ない。もう来なくていい」

「……糸ヶ丘さん」
「先生?どうしたんですか」


赤色のカードを握りしめた、保健室のおばあちゃん先生が声をかけてきた。各学年、1回は先生たちのレースが挟まる。1年生のレースには女性の先生たちが固められていた。私たちの元へやってきたのは、一人称が”おばあちゃん”の、小柄でかわいい先生だ。これは聞かざるを得ないだろう。

「何書いてあったんですか?」
「本当に申し訳ないんだけどねえ……無理なら無理って言ってくれたらいいのよ。おばあちゃんは重いし怪我させるわけにもいかないし……」
「せ、先生、とりあえずお題教えてください」

ちなみにこの借り物競争、獲得ポイントはお題によって変わってくる。彼女の握る赤いカードは、ポイントが一番高い反面、難しいお題の書かれていることが多いと噂されている。なぜ他の先生が取らなかったんだ。
私と神谷くんとで、先生の持つカードを覗き込む。

「「……”自分をお姫様だっこしてくれる人”?」」
「流石に男子生徒に頼むわけにもいかなくてねえ」
「うーん……分かりました。神谷くん、ちょっと行ってくるね」
「いや、流石にあぶねーだろ」

いくら先生がが小柄とはいえ、お姫様だっこをして走った経験なんてないので正直走る自信はなかった。

「でも他に誰もいないし」
「俺でいいなら行くって。先生、俺でも大丈夫?」
「助かるけど、神谷くんは大丈夫なのかい?」

心配そうにするおばあちゃん先生を、神谷くんは簡単にひょいと抱えてしまう。なるほど、これは確かに絵になる。

「じゃあ行ってくるわ」
「いってらっしゃーい」


手を振って神谷くんとおばあちゃん先生を見送る。かっこいいなあ、神谷くんは。そこら中で黄色い声が飛んでいる理由もよく分かる。私は見入ってしまっていた。

しかし、走り回っていて気付かなかったのだが、私たちのテントは空っぽになっていた。そういえば個人種目に出ない人はみんなムカデ競争の練習をするとかなんとか。クラスの団結力ゆえにこんな寂しい思いをすることになるだなんて、少しばかり虚しい。


「糸ヶ丘ぼっちじゃん、カルロは?」
「今王子様してるよ」
「は?……うわー、あんなお題もあるんだ」

私がグラウンドを見ながらそういえば、すぐに伝わった。なんてったって、大盛り上がりだ。

「成宮くんのファンが同じお題引いたら頼まれていたかもね」
「絶対引き受けてやらないけどね」
「なんで?」
「見知らぬ人に抱き着かれたくないし、怪我に繋がりかねないことはしない」
「なるほど」

割と正論な意見だった。考えてみれば、成宮くんは女の子に騒がれることは好きだけど、別に女好きってわけでもないな。

「おばあちゃん先生顔真っ赤だ、可愛い」
「こんな機会ないもんねー、糸ヶ丘も一生なさそう」
「私だってお姫様だっこされたことくらいあるよ」
「あるの!?」
「小さい頃、おじいちゃんのボランティアに着いて行って怪我して運んでもらった」
「救助じゃん」
「救助以外にする機会ある?」
「確かにないね」

むしろ救助以外で他人を横抱きする機会なんてないんじゃないだろうか。こういう体育祭のふざけたノリくらいでしかもう見かけないだろう。それなら、そんな機会は来なくていい。

「ていうか成宮くんどこか行く途中じゃなかったの」
「俺は今から待機列」
「へー長距離出るんだ」

今クラステントにいない人は、団体競技に出るか長距離に出るかだ。あとついでに借り物競争に出ている人。
長距離も速いんだね、なんて話題を振ったのに、成宮くんは心底不機嫌そうな顔で去っていってしまった。神谷くんに負けるのがいやで長距離にしたとかそういう理由だったのかな。


(……うっさいバーカ!)
(は!?え、ちょっと何!?)

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