小説 | ナノ


▼ 008

「糸ヶ丘いるー?」
「いません」
「いるじゃん。昼ごはん何?」
「お弁当」
「手作り?」
「お母さんのね」
「ふーん、自分で作ってないんだ」
「成宮くんも同じでしょ」

昼休み、友人の席近くへ移動しようとしていたら、その前に成宮くんが滑り込んできた。勝手に私の前の田中くんの席に座って、私の机に自分の弁当を広げる。野球部がみんな持っている弁当箱だ。寮で作ってもらえるのかな。

「鳴ちゃんも一緒に食べるー?」
「ううん、糸ヶ丘と食べるからいいやー」
「私は友だちと食べるんだけど」
「はあ?俺に一人で食べろっていうの?よそのクラスでわざわざ?」

他の教室でわざわざ一人で弁当を食べる成宮くん。なんだか言葉にされるとすごく面白い。流石にそんな状況にさせると可哀想だなと思って、仕方なしに今日は私も自分の席で食べることにした。

「一緒に食べるのは構わないけど、田中くんの机も後ろ向けない?」
「何、俺と近くて照れてるわけ?」
「単純に机が狭い」
「ちぇ、分かったよ」

糸ヶ丘は全然照れないよねー。そう文句を言いながらガタガタと机を動かす。成宮くんがお弁当をどけるまでは私のお弁当を広げるスペースもないので、ケータイを触って待つ。

「糸ヶ丘ってケータイ持っていたんだ」
「私を何だと思っているの」
「ケータイ持っているとこ、はじめて見た気がする」
「あんまり人といる時にケータイ触らないからね」
「なんで? 連絡こないから?」
「至急しなきゃいけない連絡以外は暇になったらするから」
「じゃあ今は至急の連絡だったわけ? 俺よりも?」
「そうそう、大事な連絡」
「はー!?」

ちょっとムッとした成宮くんだったけれど、指摘すると面倒くさいのでさっさとお弁当を広げる。
成宮くんのお弁当は野球部みんなが持っている大サイズの物だ。ごはんだけで何合あるのだろうか。

「えっ糸ヶ丘の弁当ちっちゃくない?」
「いや、普通の女子はこんなもんだよ」
「糸ヶ丘は普通の女子じゃないでしょ」
「喧嘩したいの?」
「そうじゃなくて!高跳びやるのに筋肉いらないわけ?」
「まあそこそこは必要だけど、体が重くなるとイヤだからそんなに鍛えない」
「へーそういうもんなの」
「そういうもんなんです」

広げた弁当はよくある2段重ねのお弁当だ。他の友人たちと比べたら大きい方だと思うのだが、そりゃあ野球部の寮弁当と比べたら半分にも満たない。

「この卵焼きって甘いやつ?」
「ううん出汁巻き」
「やった。ありがと」
「感謝の言葉は『もらっていい?』のあとだよね」
「もらうよー」
「あー、はいはい」

こっちの都合なんてお構いなしに箸を伸ばしてくる。そういえばさっき「お母さんが作ってくれている」と伝えたが、玉子焼きだけは私が作っていると言い逃してしまった。おいしーと笑顔で言われちゃ、なんだか文句を言う気も失せてしまう。あと、悔しいけどちょっとだけ嬉しい。でも絶対に言わないでおこう。

「……それだけ食べてよく脂肪つかないよね」
「そりゃあその分消費しているからね!」
「でもピッチャーって球数制限あるんでしょ」
「投げるだけじゃないから!走るのも打つのも天才だから!」
「そっか、野球って色々することあって大変そう」
「奥が深いんだよ、野球ってのは」

鼻を鳴らす仕草でそう語る成宮くん。チームプレイだとか、戦略だとか、そういったものが苦手な私からすれば素直に尊敬する。いつもだったら多少なりとも鼻につく仕草も、気にならないくらいには。

「逆に糸ヶ丘は考えることないの」
「うーん、跳ぶ時は歩数くらいしか考えないかな……」
「頭空っぽじゃん!糸ヶ丘にぴったりだね!」
「成宮くんに言われると癪だけど、まあ楽ではあるよ」

思いっきり走って、思いっきり踏み込む。シンプルで、いい。
成宮くんは自分本位なところがあるけど、野球部の中心にいる人間だから、何だかんだ他人のことが考えられる人なのだろう。野球部の試合を観に行ったことのない私の目には、そんな様子が映ることはなかったけれど。

「成宮くんも野球している時は他人のこと考えられるんだろうね」
「失礼じゃない!?ていうか試合見に来たことないの!?」
「ないね。こっちも練習あるし」
「えー信じらんない!甲子園はまだしも、予選くらい来てもよくない!?」
「野球部と陸上部って日程被るんだよね。そっちも陸上部の大会観に来られないでしょ?」
「そもそもいつやっているのかも知らない」
「正直だね」

成宮くんはそういうところある。でもまあ素直に言ってくれるだけいいと思う。あんまり陸上部の応援にくる人なんていないのは分かっているし。

「せっかく稲実にいるんだから、一回くらい観に来なよ」
「うーん、甲子園勝ち進んでくれたらいけるかな」
「甲子園のが来るの大変でしょ」
「こっちの大会は8月上旬なの。お盆以降なら行けると思う」
「じゃあ準々決勝以降なら来られるじゃん」
「準々決勝まで勝ち残ってくれたらね」
「当然!ていうか決勝までいるからね!」

自信満々にそういってのける成宮くん。日程だけ考えて伝えてみたら、あれよこれよと約束してしまった。しかし、私自身が結果を残せなかったら、流石に自主練休んで甲子園に野球観戦、なんてことは難しい。こちらも頑張らねば。

「じゃあトランペット持って応援行くね」
「それは本当にしなくていい」
「えー、駄目か」
「俺も予選くらいは陸上部見に行こうかな〜」
「確か都大会って野球部の試合前日だよ」
「ならいいや」
「諦め早いね」

まあ大事な試合の前日だから、他部の応援している場合じゃないだろうな。それは仕方がない。なんて話していると、田中くんが帰ってきた。成宮くんはまだ弁当箱を広げたままである。

「おっす田中」
「成宮まだいたのかよ」
「まだって何さ、あと5分もあるんだけど?」
「糸ヶ丘が連絡してきたからあと5分まで貸してやったんだ、感謝しろや」
「えっ何それ」

いつの間に。なんて声を荒げる成宮くんに、説明をしてさしあげる。

「言ったでしょ、大事な連絡」
「さっきケータイ触っていた時?」
「そうそう。いいから弁当箱片付けなよ」
「ははーん。俺より大事な連絡とか言って、結局俺のためだったんじゃん?」
「成宮くんじゃなくて、席が取られて困る田中くんのためだよ」
「糸ヶ丘……っ!」
「田中くんも茶番しなくていいよ」

胸を押さえてわざとらしくときめいたかのような演技をする田中くん。同じ陸上部だから結構ふざけあったりもするが、今は時間がないのでそういうのもいらない。あと5分だっていうのに、成宮くん早く帰らないかな。

「つーか成宮まじで弁当どけろよ。食うの遅ぇだろ」
「遅くないよ!糸ヶ丘が食べる量少ないから早いだけ!」
「少なくないってば」
「コイツは他の時間で食ってるぞ。バッキバキに鍛えているし」
「えっ鍛えてないんじゃないの?」

突然興味を持つ成宮くん。時計が見えないのだろうか。

「なんで二人は会話始めちゃうの?あと3分だよ」
「成宮は陸上部の大会来たことないっけ?糸ヶ丘の腹筋やべーぞ」
「何それ!じゃあ今度観に行く!」
「さっき断っていたの何だったの!?」
「日程と時間、また連絡して!じゃあ俺戻るから!」

そう言ってがちゃがちゃと弁当箱を片付けて去っていく成宮くん。せめて机を戻していってほしい。田中くんにごめんねと謝りつつ、腹筋がどうのという話題はしなくてもよかったんじゃないかと嫌味をいう。

「つーか糸ヶ丘、成宮のアドレス知ってんの?」
「ん? 知らない。さっきのは田中くんに言ったんじゃない?」
「じゃあ連絡してやるかな」

そういって、あと2分でぽちぽちとメールを打つ田中くん。種目ごとの時間まで連絡してあげていたというのに、次の休憩で成宮くんが怒った様子でこちらの教室へ戻ってきてしまった。


(なんで田中が連絡してくるの!)
(お前が連絡くれって)
(糸ヶ丘に!言ったの!)
(連絡先知らないのに無茶言わないよ……)





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