小説 | ナノ


▼ 005

「糸ヶ丘うるせー!」
「あ、成宮くん」

昼明けの選択科目の教室に、吹奏楽部の友達とちょっと早く来ていた。目的は今私が手に持っているトランペット。成宮くんの方は、持っている教科書を見るに今から理科の実験かな。

「何やってんの!?下手っぴ!」
「言い方可愛いね」
「可愛くないし!下手クソ!」

すぐ言い方を変えるのも意地になっていて可愛いな。なんて思ったけど、本人に伝えたら怒るだろうから黙っておく。隣の友達が手で口を押えているので、多分笑いをこらえているのだろう。

「つーか何してんの?」
「トランペット吹いています」
「楽器って高いんだよ?危ないから止めなよ」
「落とさないよ」
「このラッパ、かのえちゃんのだから大丈夫だよ」
「私が落とす前提で話を進めないで」

実はかれこれ数カ月、2年生に上がって以降マウスピースから練習をさせてもらっている。母親が吹奏楽部だったそうで、前の年末大掃除でトランペットが見つかった。その話を2年生になったばかりの時に友人に振ったら、是非とも教えてくれるということで。

「お母さんのお古なの。ようやく音が出るようになってすっごく楽しい」
「すっごく下手だったけどな」
「初心者なんだから甘くみてよ」
「ちなみに何の曲とかあったわけ?」
「サンプラザさんのランナーだよ」

吹いていたのはサビだったのに、伝わらなかったみたいだ。思った以上に私の演奏は下手っぴなのかもしれない。

「あの応援じゃ走れねえだろ」
「別に応援歌のつもりじゃないもの」
「カルロの応援歌じゃん」
「そうなの?」
「えっかのえちゃん知らずに吹くって言ったの?」

陸上部だからランナーを吹きたいと思ったのだが、話を聞けばなるほど、どうやら野球部のメンバーは持ち歌があるらしい。いや、歌わないから持ち曲か。

「成宮くんも持ち歌ある?」
「俺はサウスポーだけど」
「どんなのだっけ……成宮くん歌ってみて」
「はあ!?ぜってーやだし」
「成宮くん歌下手っぴなの?」
「はー?めちゃくちゃ上手いですしー?」

煽ってみたら引っかかってくれないかなーと考え尋ねてみたら、思惑通りにAメロのワンフレーズだけ歌い出してくれた。そして案外上手い。思ったよりも上手い。

「ありがとう、思い出せた」
「俺の歌に関する感想は!?」
「思ったより上手くてびっくりした」
「でしょー!俺様なんでもできちゃうからねー!」

鼻高々と胸を逸らす成宮くん。これだけ何でもできたら人生楽しいだろうな。この自信たっぷりな性格が何よりも人生を楽しくさせていそうだけど、そこはさほど羨ましくはない。

「ねえねえ、サウスポーって難しい?」
「うーん、今のかのえちゃんには難しいかな〜」
「じゃあ無理だ。ごめんね成宮くん、応援できなくて」
「あんな応援ならいらないから」
「もしかしたら急成長するかもしれないよ?」
「片手間にやっている人間には無理だろ」
「うっ正論」

確かにわざわざ休み時間まで使って、わざわざ現役吹奏楽部にお願いしてみてもらうようなことでもないとは思う。でも向こうから「ラッパ吹きたいの?教えてあげる!」と意気揚々と誘ってくれたし、何より私が楽しい。でも確かに、マウスピースと違って実際の音出しは結構響くし、恥ずかしいのでこっそりやろう。

「お前ら何やってんの」
「カルロの為に糸ヶ丘がランナーもどき吹いているよ」
「へー糸ヶ丘もっかい吹いてよ」
「よし、頑張る」

大きく息を吸って、ゆっくりと吹く。多分すごく遅いので、成宮くんが爆笑している。が、そんなこと気にせずに、教えてもらったワンフレーズを吹き切ってみた。やっぱり楽しい。

「ギャハハ!おっせえ!つーかほんと下手!」
「何もアルプスで吹くわけじゃないんだから十分だろ」
「神谷くん優しい……!」
「いやでも下手は下手だろ!?現実みなよ!?」
「でも初心者だろ?すげーじゃん」
「もー神谷くんってば、褒めても笑顔しか出ないよ〜」
「ほらー!カルロが甘いから、糸ヶ丘が調子に乗る!」
「というか、成宮くん今から化学室じゃないの?」

ちょうど予鈴が鳴った。あと5分で間に合うのだろうか。そう指摘すれば、何とも不服そうな顔で音楽室を飛び出していった。成宮くんに散々バカにされたが神谷くんの優しさのおかげで私の気分は上々である。笑顔しか出せないといったけど、ポケットにあった飴をプレゼントした。


(鳴のサウスポー練習してやれば?)
(私の演奏がすっごく上手くなったら見返せるかな?)
(それはそれでキレてきそうだな)
(……理不尽過ぎない?)

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -