小説 | ナノ


▼ 003

「糸ヶ丘いるー?」
「糸ヶ丘なら食べ終わってすぐ出て行ったぞ」
「はあ?どこ行ったわけ?」
「聞いてねえ」
「はーカルロ使えない」
「おいこら」

先週はタイミングが合わなくて、っていうか糸ヶ丘が言ってくれなかったせいで高跳びの練習が見れず、無駄足を踏んでしまった。だから今日はちゃんと練習場所聞いてから観に行ってやろう。そう思って昼休みにわざわざ隣のクラスまで来てやったっていうのに糸ヶ丘本人がいない。ったく、何やっているんだよ。


2年のクラスを順番に覗いてもいなかった。中庭かな、と思って歩いていってみたら、ビンゴ。


「糸ヶ丘ー!……と、あんた誰?」
「成宮先輩?……すみません、糸ヶ丘先輩もしかしてお約束あったんですか?」
「ううん、何も約束していないから気にしないで」

そういって俺を無視して、見知らぬ丸っこい頭をした女子と会話を続ける糸ヶ丘。よくもこの俺様を放っておけるよね!信じられない!

「じゃ、時間取らせてごめんね」
「そ、そんな糸ヶ丘先輩のためならいくらでも!むしろ私の方こそありがとうございます!」
「ううん、こっちこそありがとう。じゃあまたね」

見知らぬ女子が背中を向けるまで手を振って見送る糸ヶ丘。女子がいなくなって、ようやく歩き始める。俺も糸ヶ丘のあとをついていく。

「何してたんだよ」
「ん? 誕生日プレゼント渡してた」
「陸上部の後輩?」
「ううん、たまに練習見に来てくれる子」

てっきり仲がいい部員かと思ったら全然違った。なんだそれ、つまりは、

「ファンじゃん!」
「ファンって言い方はあれだけど、まあ応援してくれる子だね」
「お前ファンにプレゼントあげてんの!?人気取り!?」
「違うよ、私の誕生日に差し入れくれたからお返し」
「お返し!?全員にしてるわけ!?」
「するよ。成宮くんは数多くてできないかもしれないけど」

そりゃあまあ俺は全国レベルのピッチャーだし、他校にもファンがいて差し入れもらうこともある。糸ヶ丘のいうとおり、そんな子たちにいちいちお返しなんてしていられない。というか名前すら知らない人多いし。

まあぶっちゃけると、お返しなんてしたことない。

「お、おれだってそのくらいできるし!」
「そうなんだ?あんなにファンいてすごいね」
「そりゃ成宮様だし!?」
「じゃあそんな成宮様に差し入れ」
「は?え、ちょ!」

糸ヶ丘が山なりに投げてきたのは何語か分からない文字が書かれたクッキーだった。

「ナイスキャッチ」
「そりゃ成宮様だから当然ですけど!……ていうかこれ何なの」
「誕生日プレゼント買った時にもらったおまけ。一緒に持ってきちゃっててさ」
「ふーん、この店美味いの?」
「分かんない。美味しそうだから買った」
「まあいいや、もらおっと」

食後のおやつにちょうどいいや。すぐ開けてすぐ食べる。サクサクしてて美味しいけど、こんなんじゃ全然足りないや。

「ねー全然足りない」
「ごはん食べていないの?」
「食べたけど甘いものが足りない」
「飴くらいしかないなあ……」
「じゃあそれでいいや」

何か言いたげだったけど、糸ヶ丘はポケットから色んな飴を取り出して手を差し出してくれる。どれにしようかな。掴み取りしようとしたら「なんで全部なのよ」と制された。

「好きなの1つ選んで。ていうか成宮くん、私に何の用事だったの?」
「ん?……あー忘れてた!今日は練習ちゃんとする予定?」
「いつもしてるよ。あーでも今日は跳んでない」
「またじゃん!いつ跳ぶの!」
「明後日なら跳ぶよ」
「明後日ね!休憩時間にでもふらっと行ってあげる」
「ふらっと……あのさ、陸上部の練習場所いくつかあるの知ってる?」
「はー?当然ですけどー?」
「でも……一応伝えるけど、明後日は先週と違って、」
「前と違うんでしょ!?分かってるよ!前のとこは走るとこでしょ!」

陸上部に種目が多いのは当然知っているし、もう1年以上通っているんだ。それぞれの場所も分かるに決まっている。馬鹿にされてちょっと頭に来た。ちょうどクラスにたどり着いたから、思いっきり舌出して糸ヶ丘を見送ってやった。なんであんな態度のやつに差し入れしてくれるファンがつくんだよ。まったく、信じられないよね。


(ねえ!昨日陸上部誰もいなかったんだけど!)
(だから昨日は外部のグラウンドだったんだよ……)
(聞いてないし!)
(聞こうとしなかったんでしょ)

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