小説 | ナノ


▼ 20

「……っはー、しんどかった」


客間からリビングに移動した私は、髪をほどいてソファにのけぞる。お疲れ様でございましたと言いながら、実家のお手伝いさんが紅茶とチョコレートを出してくれた。こんな夜に、しかも夕飯食べたあとにどうかと思うけど、今日は頑張ったからよしとしよう。



「つーかこんな正月から挨拶に来るって、新入社員としてどうなのよ」

先ほど会った男たちのことを思い出す。父の友人の息子が、父の会社に入るらしい。息子は入社する企業の社長が自分の父親の友人とは知らなかったし、父親も息子が友人の会社に入るとは知らなかったそうだ。
年末に帰ってきてようやく判明して、こんな正月の夜から席を設けて楽し気に離していた。今考えても、別に私もお姉ちゃんもお母さんもいらなくない?




「かのえ」
「んー、お姉ちゃんどうしたの」

突然声をかけられて、ついビクッとしてしまう。リビングだから、ノックも何もない。


「男来てるけど」
「……は?」
「とりあえず玄関で待っててもらっているけどどうする?」
「え、だれ?」
「ううん、倒れた時にあんたを運んでくれた男子」


多田野がどうして。そう思ったが、そういえば結局終業式前から会っていないな。学校の宿題はソフト部の子から聞いたけど、もしかしたら多田野が何か他の提出物を預かっていたのかもしれない。家を教えた覚えもないけど、来たってことはお姉ちゃんから聞いたのかな。


まあ、多田野ならいいでしょ。あまり深く考えずに通していいよと言ってしまった私は、またソファにのけぞった。



***


「……お邪魔します」
「ぶふっ」


足を組んで紅茶を飲んでいれば、現れたのは鳴先輩だった。
予想外の登場に、思わず吹き出してしまう。こんな、こんな情けない真似を。


「わっ何してんの」
「す、すみませ……というか、え、なぜ、」

ふたりとも拭くものを持っていないので、鳴先輩が自分のパーカーの袖で私の口元を拭いてくれる。私だけしっかり小奇麗な恰好をしているので、なんだか歪だ。私のむせ返りも収まり、ようやく落ち着いたところで鳴先輩は私の正面のソファに腰かけた。
私は傍にいたお手伝いさんに、鳴先輩へ緑茶を出すように告げ、ついでに人を払う。


「……なぜってこっちが聞きたいんだけど」
「え、何を、」
「俺たち、別れてないよね?なんでお見合いなんてしているわけ?」


別れて、いないのか。そこに安心していいのか、つらくなるべきなのか分からなかった。というか、あれ、お見合い、とは……?


「お見合いなんてしていませんけど……」
「はあ!?議員の息子は!?」
「議員……? あ、さっき来ていた新入社員ですかね」
「どういうこと!?」

大きな声で叫ばれて、びっくりしてしまう。思わず肩を震わせてしまった私に、鳴先輩は小さく「ごめん」とつぶやき、話を聞いてくれた。



「――ということで、父の会社で働く挨拶に来たらしいです」
「……顔合わせは?」
「いや、流石に結婚もできない年齢の娘に縁談持ってくることは」
「……っなんだよ騙された!!!!」
「(ええ……)」


座ったまま、地団太踏む鳴先輩。恐る恐るといった様子でメイドが緑茶を持ってきた。湯気の立つそれを置いて、去っていく。また二人きりになった私たちは、お互いお茶を飲んで、黙り込む。どうしよう、何を言えばいいんだろう。

静寂を破ったのは、鳴先輩の方だった。



「……かのえちゃんさっきさ、また樹だと思ったんでしょ」
「す、すみません……」

助けてくれた人って言うから。あの時、私のお迎えをしていた運転手に連絡したのは黒髪の少年だったはず。



「俺が樹に電話いれて、お姉さんにかのえちゃんが倒れていること連絡してもらったんだよ」
「え、」
「教室で倒れているかのえちゃんから離れるわけにはいかなかったから」


つまり、助けてくれたのは、鳴先輩だったんだ。あれ、でも、


「助けてくれた人が、運んでくれたって、」
「一応頭打ってないかとかは確認したからね?」
「そ、そうじゃなくて!すすすみません鳴先輩にそんな!私みたいな重い物を持たせるような真似してっ!」


「びっくりするほど軽かったよ」


終業式の翌日と、似たような会話を繰り返す。今日の鳴先輩は隣に座らず、私の正面に座った。




「……かのえちゃんに振ってくれって言われた後さ、カルロに聞かれたんだ」
「?」
「かのえちゃんが可愛くなくて、誰にでも愛想良くて、貧乏で、そんで俺のこと好きじゃなくても、好きになっていたかって」

すごく、聞きたくない。




「考えたんだけど、多分好きになってないんだよね」




言葉が、出なかった。立ち上がり、逃げようとする。しかし、同じように立ち上がった鳴先輩に腕を掴まれる。


「あ、ちょっ!」
「……っ分かってます!私は可愛げないことくらい!健気に応援している女子マネージャーとか、一生懸命な吹奏楽部のあの子とか、そんな風にはなれないって!」

「……かのえちゃん」

「でも……っ、でも私だって、鳴先輩のことが好きでっ!ずっと好きで……っ、ずっと見ていたくて稲城まで来て!」

「かのえちゃん」

「っだから!」


――ぽすん


「……もー、話聞かないのはよくない」

気付けば鳴先輩に後ろから抱きしめられていた。メイクをぐしゃぐしゃにさせながら涙をぬぐっていた指を、絡み取られる。



「……貧乏だったら、かのえちゃんは稲城まで来られなかったよね」
「それは、そうですね」


突然なにを言われているんだろう。そのまま、指をからめたまま、きゅっと握られる。


「あと、可愛くなろうって努力するのがかのえちゃんだから、可愛くなろうとしていないかのえちゃんは、もうかのえちゃんじゃないよ」
「でも、私のすっぴん、」
「それは今置いといて」
「(置いておかれた……!)」

「俺の好みに合わせていたのも嬉しかったけど、自分の為だけにやっていた時も、いいなって思ってた」


つまり、結局は私は可愛くないって言いたいのかな……?
混乱した頭では、いまいち咀嚼し切れない。でも、でも。



「あとメイク変えてからかのえちゃんすっげー人気なんだよね。でも声かけられても結構しれーっとしてるじゃん」
「そう、ですかね……?」
「うん、俺以外には割とつめたいってカルロが言ってた」
「(そんなこと言われるくらい態度アレだったのか……)」

「そんな見た目だけで寄ってくる男に、愛想よくされたら俺嫉妬しちゃうし」


まあ、メイクは俺の好みでもあるからアレだけどさ。ちょっとだけバツが悪そうに付け足す鳴先輩。



「つまりさ、可愛くて、俺にだけ愛想良くて、お金持ちだから今のかのえちゃんがあるわけじゃん」



鳴先輩が、私のこと嫌っていないってことだけは分かってしまった。


「……ぅうぅうう……っ」
「も〜泣かないでよ」
「めいぜんばい……っわたし、わだじ……!」

「あ、でもさ、」


絡めていた指をほどき、私の手の甲をなで遊びながら鳴先輩がまた口を開く。


「俺のこと好きじゃないと嫌だからさ、」


「もし俺のこと好きじゃなくても、絶対好きにさせるから」




密着していた身体が離れ、しかし、手はそのまま繋がれいてる。引っ張られると、そのままくるんと鳴先輩と向き合う形になってしまった。



「ぷぷっ顔ヤバイね」
「だ、だっで……!」
「俺のことめっちゃ好きじゃん」
「めっちゃ好きですよ!!」


久しぶりに大きな声で愛を伝える。鳴先輩もまさかこんな至近距離で叫ばれると思っていなかったのか、ちょっとのけぞった。


「わ、す、すみませ、」
「いーの!好きなら好きって言って!」
「は、はい!」
「あとしんどい時も言って。体調悪い時も言って」
「は……はい!」

「あと、もっとわがまま言って」


まっすぐに目を射抜かれながら、そう言われる。



「……め、鳴先輩」
「ん?」


「私とまた、付き合ってほしいです」


止まらない涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま伝えれば、鳴先輩は笑って返事をしてくれた。

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