小説 | ナノ


▼ 19

「え〜ショートケーキ?俺生クリームそんな好きじゃないんだよね〜」
「あれ、鳴さんもクリスマスケーキ食べるんですか」

12月24日、野球部寮では夕食後にケーキを出してもらっていた。バカみたいにみんな群がっていて。切ってもらってあるのを、一年生が下手なりに皿に取り分けている。ようやく人が減ったから、樹の元へケーキを貰いに行く。

「は? 樹はエース様に我慢しろって言ってんの?」
「いやそうじゃなくて!糸ヶ丘さんと予定あるんふぁっふぁら」
「お前バカなの?」


樹の顔を、片手で掴む。俺が”糸ヶ丘さんと予定があるんだったら”、こんなむさ苦しい寮にいるはずがない。

きっとこの場にいる野球部のやつらは、俺が彼女と何かあったと気付いているのが2割、このあと会うんだろうと思っているやつが2割、やっぱり野球部にクリスマスなんてないと思っているヤツが6割、興味ない勝之が1人ってところだ。



顔を掴まれたままの状態でケーキを取り分ける樹にちょっと笑いつつも、皿を受け取って空いている椅子に座る。あんまり話しかけられたくないなーと思って端にしたのに、容赦なく前の席に座ってくるやつがいた。


「よう」
「カルロ」
「ケーキ、ここで食ってていいのか」
「他にないし」

そういえば、すぐに察してくれた。

かのえちゃんが倒れた翌々日、朝にもなっていない時間帯に樹のケータイへ連絡が入った。ようやく、目が覚めたと。

なんで俺にじゃないんだってムカつきはしたけど、ともかく連絡先を無理やり聞いていたかのえちゃんのお姉さんに連絡を入れて、練習前に彼女の部屋に押し掛けた。結果、こじれてしまったけれど。


「別れたのか」
「別れてねーし」
「じゃあ、何があったんだよ」
「……”振ってくれ”って言われた」

カルロが目を見開く。まあ、そうだよなあ。

「糸ヶ丘が?」
「それ以外にいる?」
「いや……なんでそうなった?」

どこから言って、どこまで言えばいいのか。あんまり人に言いたくはないけど、誰かに聞いてほしいって気持ちも、正直あった。そんでもって、カルロが一番適任かもしれない。


「……俺さあ、ちやほやされるの好きなんだよね」
「そんな大前提から始まるのか?」
「うっさいな! で、かのえちゃんはすっげーちやほやしてくれるじゃん」
「ちやほやどころじゃないけどな」
「だから単純に嬉しいなーって思ったから『付き合う?』って言っちゃったんだけど、」
「なんというか……ひでーな」

「でも、思ったよりも一生懸命で、思ったよりも一途で可愛かった。まあ、そのさ……」
「ガチで好きになっちゃいましたーってか」

自分の口からいうのが恥ずかしくてぼやかして言えば、カルロがはっきり言ってくる。俺はフォークをくわえて、小さく頷いた。流石にこんな話をチームメイトにするのは恥ずかしくなってきて、ケーキを食べて何でもない風にしていたが、カルロは茶化してきたりしなかった。

「向こうもめっちゃ好きだろ? ハッピーエンドじゃん」
「かのえちゃんも俺のこと好きすぎるんだよ」
「え、何これ惚気だったわけ?」
「かのえちゃん、無茶して倒れた」

また、カルロが驚いた表情をする。

「終業式、単なる体調不良じゃなかったのか」
「睡眠不足と栄養失調だって。木曜日に点滴打って、終業式のあった金曜日はまだ入院してた」
「で、昨日ようやく会えるようになって、朝から押し掛けた、と」
「そういうこと。でも、なんか上手く言えなかった」

食べ終わった皿にフォークを置き、椅子の上に足を乗せて体育座りをする。行儀が悪いって、白河がいたら怒られそうだ。



「……俺さあ、無理してまで弁当作ってほしかったわけでもないし、痩せてほしいわけでもなかったんだよ」
「あー……そういえば鳴が言いだしたのか」
「まさか弁当作るのにそこまで気合い入れていると思わなかったし」
「飯作るのって、大変なんだろうな」
「あと、太った?って聞いたのも、単なる世間話のつもりだったし」
「女に対して出す世間話じゃねーだろ」
「彼女だし!」


彼女にだったら、わがまま言ったり思い切った話をできると思っていた。だけど、かのえちゃんは彼女である以前にファンだと言った。

「自分の言ったことが、一個一個こんなに重くとられるなんて、思ってもみなかった」


顔をひざに乗せて、うずくまる。


「鳴の考えも分かるけど……糸ヶ丘はそりゃ重く捉えるわ」
「俺は軽口たたきながら、いちゃいちゃしているつもりだった」
「軽口たたいてイチャイチャしたいなら、相手は糸ヶ丘じゃ無理だろ」
「でもかのえちゃんじゃなきゃヤだ」
「なら向こうに変わってもらうしかないな」

「そう思って話したけど、」
「あ、それで”私は変わりません、振ってください”ってこと?」

突然冴えたカルロが、正解をたたき出す。その通りだ。

もっと気軽に付き合ってほしい。もっとわがまま言ってほしい。そりゃ聞けるかは分かんないし、多分9割方聞かないけど、もっとオレに対して図々しくなってほしい。遠慮しないでほしい。でも駄目だ。かのえちゃんは、かのえちゃんの彼氏が俺だってわかっちゃいない。


「ま、どっちかが折れるか別れるかしかないな」
「俺は折れたくない」
「……思ったんだけどよ、」

ケーキを食べ終わったカルロが、フォークを皿に置いて、腕を組んで続けた。


「鳴は糸ヶ丘のどこが好きなわけ?」
「どこって、」
「ケバいけど顔も良くて、いつも鳴中心で行動してくれて、県外の私立まで追いかけてこれるくらい金持ちで、そんですっげー好きって言ってくれるわけじゃん」
「……かのえちゃんのこと知っている風に言うのやめてよ」
「俺が知っているのはここまで。だけど鳴はもっと知ってんだろ」


「もし糸ヶ丘が可愛くなくて、誰にでも良い顔して、貧乏で、鳴のこと好きじゃなくても告白していたと思うか?」


言われ、返しに詰まる。少しだけ、カルロが呆れたような顔をした。


「……ま、即決できないなら、そういうことなんだろ」


フラれたくなきゃ、根負けせずに頑張れよ。
結局解決に至らないまま、カルロは二人分の皿を持って立ち去ってしまった。何にもならなかったけど、あらためて、自分の気持ちが変わらないと気付くことはできた。



***


「鳴ちゃんあけおめー!」

年が明けた1月2日、ようやく上の姉が実家に帰ってきた。
どうやら大晦日まで飲み会続きで、年越しは一人暮らしの部屋で寝ていたらしい。こんな大人にはなりたくないな。

「もーこの歳になると体力なくてねー、困っちゃう」
「困っていたのは俺だけどね」
「それは謝ったじゃない。あ、そういえばクリスマスどうだった?」
「はあ?」

「チョコレートケーキ、美味しかった?」


にやにやしながら、そんなことを聞いてくる。俺が食べたのは、寮のおばちゃんが準備してくれたショートケーキだ。俺たちの事情を「付き合いだした」ところまでしか知らないはずの姉ちゃんが、なぜかそんな話題を振ってくる。

「かのえから怒涛の勢いで相談されてさー、クリスマスにあんな気合い入れる子初めて見たわよ」
「相談……」
「鳴ちゃんは何ケーキが好きかとか、成宮家のクリスマスはどんな風なのかとか、何がほしいかとか」

流石に何がほしいかは分からなかったから、そこは自分で考えるように言ったけど。そう言いつつ楽し気にぺらぺらと喋り続ける姉ちゃん。



そんなにも準備していたのに、なんでクリスマス直前に振ってくれなんて言えたんだ。



「……クリスマス、会ってない」
「はあ!?なんで!?」
「かのえちゃん体調悪くて、あと、色々あって、」
「……もしかして、別れた?」
「別れては、いないけど」
「えー……」

煮え切らない俺の返答を聞いて、姉ちゃんが何かを感じ取ったらしい。そして、何やら言いたげな様子だ。


「……ねーちゃん、なんかあるんだったら言えば?」
「別れてないんだったらナイとは思うんだけど、」
「何その前提」

一体、なんの話をするつもりなんだ。微妙な雰囲気で、口をひらく。

「……こっちの社長令嬢いたじゃない?」
「姉ちゃんの後輩?」
「そうそう、あの子新しく目つけた大学生の男がいたらしいんだけどね」

かのえちゃんの話かと思ったら、なぜか俺のファンとか言っていた姉ちゃんの後輩の話題になった。つーかあの女、もう俺のことはいいのかよ。こっちだって別にあんな女はどうでもいいんだけどさ。


「その男ってのが議員?の息子?らしいんだけど、その人が正月から糸ヶ丘家にお呼ばれした〜って悔しがっていたのよ」

姉ちゃんの情報が曖昧なせいもあって、突然出てきた話題をうまく理解しきれない。

「お呼ばれ?」
「うん。議員って正月から地元の挨拶回りとか大変らしいんだって」
「なんでそれなのにかのえちゃんの家?」
「ってなるわよねー、しかもわざわざ息子引き連れて。上流階級のことは分からないけど、後輩の予想だと、将来を見越しての顔合わせだろうって」


つまり、どういうことだ。



「かのえちゃんとその議員の息子、お見合いするんじゃない?」



お見合い。将来を見越して、見知らぬ男と、かのえちゃんが。

「……は?」
「いや私もね、鳴ちゃんがいるなら別に何ともないだろうって思っていたんだけど、どうやらこの話、年末に突然出たらしくって」


年末ってことは、俺がかのえちゃんに「振ってほしい」と言われた後だ。もしかしたら、かのえちゃんの中ではもう俺とのことは終わったことになっているのかもしれない。なんで、どうして。まだ俺たちは別れてなんかいない。俺は絶対かのえちゃんを振ったりしない。


「ねえそれいつ!?どこ!?」
「どこって、そんな糸ヶ丘家の場所まで知らないわよ……あ、そういえば今日だわ」

壁にかかったカレンダーを見て、姉ちゃんが呟く。
誰が、誰がかのえちゃんの実家を知っている。急いで頭を巡らせて、思いつくままにケータイで連絡をしまくった。

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