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「……あれ、」
ぱちりと目が覚める。自分の部屋だ。
なんでか病院で目が覚めて、ぼんやりしたまま退院した。結局その後も眠くて、車ですぐに寝落ちてしまった。そこまでの記憶はある。
「いま、……何時……っ!?」
時間は朝4時。その上にかかれた日付は、22日――土曜日のものだった。
「は!?嘘でしょ終業式は!?」
ケータイに入っている連絡を確認する。いつも一緒にいる友だちと、あとは多田野からも連絡がきていた。
何があったのか、全然思い出せない。覚えているのは、終業式前日の放課後、帰る頃にちょっと立ち眩みがしたからお姉ちゃんに連絡を入れて、空き教室の椅子に再度座って休んだところまでだ。しかし、じわじわと記憶が戻ってくる。一瞬、病院だった気がする。でも、今は自分の部屋だ。
コンコンッ
「――起きた?」
「あ、」
いつもは起こしに来ない姉が部屋に入ってくる。
たまご雑炊と、野菜スープ、それと温かいお茶を出された。見るとお腹が空いてくる。ゆっくりと食べ進めながら、話を聞く。
「驚いたわよ。黒髪の子がいきなりインターホン鳴らして、あんたが倒れたって聞いて」
きっと、多田野だ。世間話でマンションの部屋番号を喋っていた記憶がある。良くなったら連絡をしてほしいとケータイにメッセージもあった。まさか彼に助けてもらうとは。不甲斐ない。
「お医者さんからは栄養失調と睡眠不足ってさ」
そこまでしか言わないが、おそらく、すごく怒っているのだろう。原因を言われて、心当たりがありすぎる。ごめんと告げて、もうひとくち、雑炊を飲み込んだ。
ともかく、体調が戻るまでは今の部屋で休んで、落ち着いたら実家に戻れと両親に言われているそうだ。まあ、そうなるよね。
「そういえば、助けてくれた男の子から、あんたが目覚ましたら教えてーって連絡先交換したんだけど、」
「……分かった、こっちから入れておく」
中途半端にしか食べられなかったけれど、もうお腹がいっぱいだ。ごめんね、と謝って、下げてもらう。多田野に「起きた。色々ごめん」とだけ連絡を入れて、もうひと眠りした。
***
「――あ、起きた」
次に目が覚めた時、視界に青い目が映った。私のベッドに、鳴先輩が腰かけている。
「め、鳴先輩……?」
「もう大丈夫なの?」
「え、あ、はい」
無表情の先輩が、私の手首をとる。先輩が自分の中指と親指を付けて輪を作るようにして私の手首をつかんだ。先輩の手が大きいから、全然まだ空間がある。
「……ガリガリじゃん」
「そんなことは、」
「そんなことあるよ。それに隈も、」
もう片方の手を私の頬に添え、親指で目元を撫で上げた。相変わらず、表情はないままだ。
「なんでこんな無茶したの」
するりと両手が離れていく。そのタイミングで、私も上半身だけ起き上がる。鳴先輩もベッドから降りて、ざぶとん代わりの小さなクッションの上に胡坐をかいた。
「わ、たし……鳴先輩に相応しい彼女になりたかったんです」
鳴先輩の隣にいたい。それに見合う人間になりたい。迷惑をかけたくない。そう思っていたのに、このざまだ。
「相応しいって何さ」
「鳴先輩はすごいんです。かっこよくて、野球もすごくて、努力家で。そして私みたいなファンにも優しくて――そんな人には、私みたいな女は釣り合わないんです」
鳴先輩の隣には、綺麗で、賢くて、器量が良くて、性格のいい女性が似合う。そういう人が、いるべきだ。
「付き合うかどうかなんて、俺が決めるだけじゃん」
「で、でも!『あんなやつが鳴先輩の隣に』なんて思われたくないんです!私は鳴先輩のファンとしてっ!」
「彼女でしょ」
言われ、ぐっと黙ってしまう。
「かのえちゃんは彼女でしょ。俺が、自分の気持ちで選んだんだよ。他人がどうとか、そんなことどうでもいい」
「で、でもっ」
「確かに太ったとか言っちゃったし、返信早くて嬉しいとも言ったよ。でもこんな倒れるまでしなくていいじゃん」
「違っ、それは私が勝手に、」
「俺はかのえちゃんの彼氏なのに、なんでわがままひとつ言ってもらえないわけ?」
そうだ、鳴先輩は私の彼氏なんだ。いつも先輩主体に考えているけど、鳴先輩の彼女が私なんだから、私の彼氏は鳴先輩だ。
「多田野には何でも頼んでいるみたいじゃん」
「そ、それは、」
「俺にだってもっと図々しくなってよ、頼ってよ、気軽に接してよ」
私は鳴先輩と付き合えている。でも、私はそれ以前にファンだから、なおさらプレッシャーが大きくなる。
「……鳴先輩は、すごいんです。本当に、すごいんです。私の生きがいなんです」
「私は鳴先輩の彼女である以前に、ファンなんです。この感覚は、どうしても捨てられません。鳴先輩とお付き合いできたことは、本当に本当に嬉しいです。でも、鳴先輩に憧れる気持ちは、消えないんです」
「だから、」
「もし鳴先輩が、そんな私じゃ駄目だというのなら、お願いですから私のこと――」
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