小説 | ナノ


▼ 17

「さっむー!!樹!!むり!!」
「無理って言われても」
「クールダウンしてから移動するのバカじゃない!?ねえ!?」
「でも投げ込んだんだからすぐにしないと」


全体練習が終わり、今日は投げ込み中心でやっていた。久しぶりにガンガン投げたし、調子も良かったけど、移動はやっぱり寒い。あーむりむり。

なんて言いながら寮まで歩いていると、いつもの教室がまだ光っているのが見えた。


「かのえちゃん、まだ帰ってないっぽい」
「そうなんですか? 今日はお姉さんいるから早く帰るって言っていたのに」
「俺に見惚れてたんじゃない? ちょっと喋ってくる!」

いつもは日が落ちると帰っているみたいだけど、まだいるんだ。めっずらしー。

荷物を樹に預けて、いつもの空き教室まで駆け上った。






コンクールが近いとかで、吹奏楽部がまだちらほらいた。同級生とすれ違ったりしたから、お疲れー、ありがとー、がんばれー、なんてやり取りを軽くしながら、廊下を歩いた。



「俺が迎えに来たなんてなったら、かのえちゃんはどんなリアクションを取るかな〜」

放課後だし、もうメイクも直していないと思う。真っ赤になっているの、すぐに分かっちゃいそう。わたわたしながら叫んじゃうかな。それか固まっちゃって、何も言えなくなっちゃいそう。ぷぷっ、どっちにしろ、面白い反応してくれそうだ。


(――お前らって、一方的なカップルだよな)
(――どこが?)
(――糸ヶ丘の愛情も、鳴のわがままも)


そんなことを、カルロから言われたことがある。でも、全然そんなことない。俺も大概、かのえちゃんのことが好きだ。

みんなケバいっていうけど、メイクした顔は好きだし、そもそもスッピンもタイプだ。かのえちゃんがメイク好きで頑張っているの知っているから、言わないけど。
それに、勝気ではっきりした性格も好き。裏表が激しいってよく周りから言われていたけど、別に俺は関係ないし。

でも最近は性格も丸くなったって言われたり、勉強も頑張っているみたいで、色んな人から俺が褒められる。「成宮鳴のおかげで、糸ヶ丘かのえが更生した」って。ヤンキーみたいに言われていて、ちょっと面白かったけど、ちょっと気にくわなかった。あれは本人の努力であって、俺は関係ないし。あと、かのえちゃんのこと褒めるのは、俺だけでいい。



「あ、かのえちゃんのわがまま聞いたことないのは、確かに一方的かも」

今から何かわがまま言ってもらおうかな。
色々考えていたら、3階角の空き教室についた。


締め切ってある空き教室のドアを勢いよくあける。びっくりするかな。




「かのえちゃーん!」



ドアを開けると同時に名前を呼ぶ。でも、何の反応も返ってこない。それどころか――


「あれっ? いないじゃん」

鞄はあるのに、本人が見当たらない。おっかしいなあ、メイクポーチは命と同じって言っていたのに。置きっぱなしにするなんて。

そう思いながら鞄が置いてある席まで歩こうとする。教卓の前を通り、窓際へ向かうと、



「……え、」



そこにあったのは、倒れこむ彼女の姿だった。

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