小説 | ナノ


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「今日は投げられるんですね!」
「うん、その予定」
「冬休み前に見られて嬉しいです……!」

12月20日――終業式前日の放課後、部活へ行く前に鳴先輩が1年生の教室へ寄ってくれた。きっと多田野に用事があったんだろうけど、それでも、喋ることができて嬉しい。


「全体練習終わったら樹と投げ込んでいるから、」
「鳴先輩だけを見ていますね!」
「糸ヶ丘さん、わざわざ言わなくていいよ」

多田野から茶々がはいる。私たちの会話に入ってこないでほしい。軽く舌打ちをするが、多田野は慣れたもんという雰囲気だ。この9カ月で、多田野も強くなってしまった。


「あーでも冬休みはかのえちゃんと会えないもんなー」
「み、見に来ちゃ駄目ですか……!?」
「走り込みしてるか、屋内で筋トレしているかばっかだよ」

それに、校舎も部活で使う教室以外空けていないっぽいし。そう言われてしまい、ショックを受ける。走っているだけでも鳴先輩はかっこいいけど、走っている姿を追いかけることはできない。そうか、もう見納めなのか……。


「今年は冬休み長いのに……っ!」
「土日が上手い具合に入ったよねー」

今年は24日が月曜日になる。いつもイブから冬休みに入るのだが、今年は22日と23日が休日だから、ちょっとだけ冬休みが長い。鳴先輩を見られない日が、2日も増えるだなんて。

「あっでも明日!21日の金曜日はありますよね!?」
「終業式の日って午前中までじゃん」
「お弁当持ってきて、午後もいます!」
「ほんと? じゃあ俺のも作ってきてよ」
「もちろんです!」


えへへとだらしない顔で笑えば、いよいよ居づらくなったのか、多田野が離れた友人の元へ行ってしまった。流石に、先輩を置いて先にはいけない様子だ。でもその様子をみた鳴先輩が、鞄を背負い直す。


「じゃ、俺そろそろ行こっかな」
「はい!」
「明日いつ会えるか分かんないから、弁当もらいに朝から教室寄るね」
「あ、……一緒には食べられないですもんね」

鳴先輩に言われて気付いた。せっかく最後の日なのに、一緒に食べられないんだ。練習も見られなくなるし、お昼も一緒できないし、冬休みって本当にいらないな。

あからさまに落ち込む私を見て、鳴先輩はちょいちょいと手招きをする。


「?」


どうしたんだろう、と思いつつ、ちょっとだけ近づけば、先輩の左手が私の後頭部に回る。そして、ぐいと引っ張られた。耳元に、先輩の気配を感じる。



「練習は見せらんないけど、クリスマスは連絡入れるから」



じゃあね、と、けらけら笑って先輩は教室から出て行った。



「〜〜〜〜〜っ!!!」

悶絶する、私を置いて。



「……糸ヶ丘さん、大丈夫?」
「だだっだだ大丈夫なわけないじゃない!」

崩れ落ちるようにしてその場にしゃがみ込んでしまった私の元に、多田野が近づいてきた。荷物を置いて、手を差し出してくれたが、自力で立ち上がる。

鳴先輩を追いかけて教室を後にした多田野より少し遅れて、私も教室を出た。さて、今日も空き教室へ行かなくては。


***




「おー、鳴の彼女」
「お疲れ様です」
「社会人みてーな挨拶だな」

クラスメイトとと分かれ、私も空き教室へ向かおうと歩いていれば、廊下で私を呼び止めた神谷先輩がきょとんとする。



人を何だと思っているんだ。”鳴先輩の彼女”なんだから、当然イメージは大事にする。紙パックを飲みながらそう伝えれば、なんとも言えない感じで笑われた。

「そういや、鳴と付き合ってから成績も上がっているんだってな」
「なんで私の成績まで把握しているんですか……?」
「鳴のおかげだって、なぜかアイツが教師に褒められてた」
「間違っていないですね」
「さよか」

でも、それは嬉しい。私のやったことが、鳴先輩の評価につながる。逆に考えると、何も失敗しちゃいけないってことだけど。先輩のマイナスになるようなことは、絶対にしたくない。


「……つーか、」
「まだ何か?」
「お前、めっちゃ痩せてね?」
「分かりますか!?」


これも、素直に嬉しい。鳴先輩と、あと多田野に指摘されてから一カ月。無事に元の体重、を通りこして、最小値をたたき出している。


「ダイエット頑張っていたんです」
「俺は抱き心地良い方がタイプだなー」
「神谷先輩の好みはしりません」
「さよか」

可愛くありたい。鳴先輩の隣に並べる人間になりたい。だからもっと綺麗になって、もっといい女になりたい。

私は、鳴先輩の彼女として、相応しい女になりたい。


「勉強して弁当作ってダイエットして、24時間じゃ足りなさそうだな」
「ステータス上げる時間がないなら、睡眠時間を削ればいいんです」
「ゲームみたいに言うなよ」

割と真面目な顔で、そう言われる。でも、ゲーム感覚じゃない。私は自分の人生として、必死に現実として生きているんだ。


「いいんです、楽しくやっているので」
「まー、ぶっ倒れないようにな」
「はい!」

別に過酷な運動をしているわけでもない。ちょーっとだけ、寝る時間を短くして、色々やっているだけだ。楽しいんだから、これでいい。


神谷先輩の言葉を聞いておくべきだったと、反省するまであと数時間。

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