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「かのえちゃんさあ……」
「どうしましたか?」
毎日の恒例となった、空き教室でのランチタイム。最近は野球部の寮弁当がどのくらい量があって、鳴先輩がどのくらい食べられるのかも分かってきた。
鳴先輩は寮弁当と私の作ったからあげ、私は自分で作ったからあげとサラダと豆乳を並べている。
「……やっぱいいや」
「えっ何でですか!?」
「いやー、うん、やめとく」
「そこまで言われると気になってしまうのですが……」
私が作ったからあげを二人して食べながら、そんなやりとりをする。どうしたんだろう、下準備をちょっとだけ変えたのが、合わなかったのかな。じいっと先輩を見つめていたら、小さくため息をついてから観念したように喋ってくれた。
「……かのえちゃんが聞いたから言うんだからね」
「は、はい!」
「かのえちゃんさ――」
「多田野……」
「どうしたの、糸ヶ丘さん」
「私って、太ったかな……?」
昼休みに鳴先輩から言われたことが、午後の授業中ずっと頭に残っていた。
客観的な意見ももらおうと、帰りのSHR前に後ろの席の多田野に聞いてみる。多田野は視線を逸らした。
「あー……えっと、」
「……その反応でもう分かった。もう言わなくていい」
確かに、体重は増えた。自覚もある。でも数値的にまだまだ余裕があると思って、油断していた。
「でも糸ヶ丘さんって元が細いから」
「いやまあ太ってはいないつもりだったけどさあ……」
「糸ヶ丘さんがそういうのってめずらしいね」
「そういうの?」
「見た目と鳴さんのことだけは本気で努力しているイメージだったから」
「……その鳴先輩とのことなの」
私だって、何もなかったら気を抜かない。自己満足だろうけれど、鳴先輩の隣が相応しい女になるための努力は惜しまない。だけど、それ以上に鳴先輩が何よりも大事だ。だから、鳴先輩に言われたら、それが最優先事項だ。
「……クリスマスに、手作りケーキ食べたいって言ってくれてね」
「へえ……?」
「練習しているの」
「ああ、なるほど。作ったの味見して太ったと」
「多田野がえげつないストレート投げてくる」
しかし、事実であるから言い返せない。
鳴先輩が、ケーキを食べたいと言ってくれた。あと一カ月ちょっとしかない。だから毎日のようにレシピを研究して、毎週のように試作している。お姉ちゃんに頼んで味見してもらったりもするけれど、結局自分でも食べてしまう。そして結果が”これ”だ。
「お菓子作るの苦手だっけ?」
「んー、そこそこは作れるようになったけど、」
「ならもういいんじゃないかな」
「でも、ちゃんと美味しいもの食べてもらいたいの!」
鳴先輩と、クリスマスを一緒に過ごすことができるんだ。こっちだって気合いが入る。それに、お菓子作りなんて女の子らしいこと、めずらしくするんだから、可愛くみえそうだし。
「それに、お菓子作りできる彼女って可愛いでしょ?」
「んー、どうだろう。周りにそんな人いないから」
「そりゃ多田野の知り合い野球部ばっかりじゃない」
ああでも、鳴先輩がお菓子作り得意だったらどうしよう。お姉さんにその辺りも確認しなきゃ。……あ、そうか、なるほど野球部。多田野の机にかかった鞄から見える、バカでかいお弁当箱を見て気付いた。
「……ねえ、多田野。甘い物好き?」
「へ?」
「好きかって聞いてんの」
「え、まあ、普通に」
「……よし、」
「えっ何が!?」
***
「最近樹と仲いいの?」
「えっ」
「こっちの学年まで、噂届いているんだけど」
鳴先輩に、そう聞かれる。今日のお昼は全然こっちを見てくれない。
「別に昔も今も仲良くはないんですが」
「そう? の割には弁当作ってあげているらしいじゃん」
「お弁当? あ、」
ここ最近、多田野に保冷バッグを渡している。中に入っているのは試作品のケーキだ。
野球部ならたくさん食べるし、羨ましいことに鳴先輩とも毎日食事をしている。私が自分で食べて考えるよりも、参考になるかもしれない。そう思って多田野に意見をもらうべく、ケーキを食べてもらっている。
「あ、あれはですね……」
とはいえ、「クリスマスの為にケーキを練習しています」なんて言えるはずがない。鳴先輩が視線合わせないのをいいことに、必死で考える。
「あれ何?」
「ちょっとしたものです」
「お弁当」
「ではないです」
「食べ物?」
「は、はい」
「手作り?」
「はい」
鳴先輩が、ようやく顔をあげる。
「もうやめて」
渋い顔で、そう言ってくる。
「え、と」
「自分の彼女が他の男に手作りの物渡していたら、いい気分しないよね」
「……あ、」
それもそうだ。私は鳴先輩の恋人なんだ。あと、多田野も男なんだった。彼女が別の男に手作りの物を渡していたら、当然世間体は悪い。
鳴先輩のことを考えすぎて、鳴先輩のことを蔑ろにしてしまうだなんて。
「……すみません、何も考えていなくて」
「もうしないならよし」
「わ、かりました」
鳴先輩に迷惑をかけてしまった。自分のなさけなさに、泣きそうだ。顔をしたに向けて下唇を噛んでいると、頭にふんわりと重力がかかる。手のひらだ。そのまま撫でるように私の頬をすべらせ、あごに指を添える。くいと顔を持ち上げられて、むりやり視線を合わせられてしまう。
「樹に負けるつもりはないけどさ、」
「……?」
「なんで俺だけじゃなくて樹にも渡すわけ?」
「それは、」
「俺だけじゃ駄目なの?」
そりゃあ目的は鳴先輩だけだ。鳴先輩に美味しいと言ってもらうために、多田野に食べさせているわけで。
「その、鳴先輩には、ちゃんとしたものを、」
「失敗したのをあげてんの?」
「失敗、はしていないと思いますが、」
「えーどういうこと?意味分かんない!」
もう、ここまできたら誤魔化すのは無理かもしれない。
「……ケーキをですね、練習しておりまして」
「ケーキぃ?なんでまた」
私に添えていた手を離し、腕を組んでふんぞり返るように座り直す鳴先輩。
「く、くりすますに向けて……!」
あごにあった枷がなくなったのを良いことに、目を逸らして、勇気を出して伝える。ええい、もうどうとでもなれ!
「……あ、俺が言ったのか」
「えぇっ!?」
「あーごめんごめん、ちゃんと会う時間は作るつもりだけど、そこまでやってくれるとは」
「お、重いですか……?」
「ううん、ちょー嬉しい」
そのままの体勢で、そんなことを言ってくれる鳴先輩。会えるんだ、クリスマス。そして、期待もしてくれているんだ。そう言われると、やっぱり練習あるのみだ。多田野が駄目ならクラスメイトの女子にも声をかけてみよう。
クリスマス、最高の思い出にしたいから。
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